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ワッツ・オン・ブロードウェイ?~B’wayミュージカル非公式ガイド【2020年夏編】

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前号の時点では2020年の「4月12日まで」だった劇場の閉鎖期間が「9月6日以降まで」に延長され、『アナと雪の女王』のように再開を待たずにクローズを決めた公演もあり、またそんなことより今は「BLACK LIVES MATTER」でしょ的な雰囲気も漂い、さらにはブロードウェイにも影響力を持つであろう英国のプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュ氏が自身のウエストエンド作品の再開を早くても2021年と明言したり……。この連載もさすがに「いつも通り」とは言っていられない状況になってきたため、絶対的“ナマ信者”の筆者としては少々不本意なのだが、しばらくは配信舞台にスポットを当ててみることにする。

5月に新たな演劇系配信プラットフォーム「Broadway on Demand」が誕生したり、ディズニープラスの『ハミルトン』のように、特に演劇系ではないサブスクが舞台映像を配信する例が増えてきたりもしているが、やはり現状、最も多くのオン/オフ・ブロードウェイ作品が観られるのは古参ブロードウェイサブスクの「Broadway HD」( https://www.broadwayhd.com/)と言って良さそう(筆者調べ)。ラインナップは随時変わるようだが、6月25日現在「ミュージカル」カテゴリーに上がっている40作のうち、今回は“予習復習に最適”という観点からオススメしたい3作品をピックアップしてみた。なお、あくまで舞台を観た身としてのオススメであって、映像化作品としてのクオリティには基づいていない点をご了承いただきたい。

『メンフィス』BW版(2009)、『ダディ・ロング・レッグズ』オフBW版(2015)、『悪魔の毒毒モンスター』日本版(2020)の各パンフ

『メンフィス』BW版(2009)、『ダディ・ロング・レッグズ』オフBW版(2015)、『悪魔の毒毒モンスター』日本版(2020)の各パンフ

■『ダディ・ロング・レッグズ』

井上芳雄&坂本真綾主演による日本版がすこぶる好評で、9月にもシアタークリエでの再演が予定されているミュージカルのオフ・ブロードウェイ版。本作が面白いのは、世界初演こそアメリカだが、ウエストエンドやオフ・ブロードウェイ進出よりも日本初演のほうが早かった点で、演出のジョン・ケアードも「このミュージカルは日本で誕生した」と公言している。実際、どちらも観た筆者の感想も「日本版のほうがなんか好き」。それでも、“観比べる”というのが楽しい体験であることは間違いないので、再演の前に“復習”してみては。

■『メンフィス』

日本版は再演ですら3年も前なので、“復習”と言うにはあまりにも時期が遅いのだが、黒人差別を扱った作品であるとのタイムリーさを汲んでピックアップ。同じく人種問題を扱う『ヘアスプレー』の作者たちが、今後は白人俳優のみによる上演は許可しない旨の声明を発表し、それがほぼアジア人俳優しかいない日本にはどう適用されるのか、物議を醸したことは記憶に新しい。この声明の是非を問うようなセンシティブなことをするつもりはないのだが、声を大にして言いたいのは、役の設定に合わせた様々な人種・出自の俳優たちが一堂に会するブロードウェイの舞台も、自分と同じ文化を共有する俳優たちが母国語で演じてくれる日本版の舞台も、別物だけど私にとっては同じくらいありがたくて尊いよ!ということ。山本耕史(白人役)と濱田めぐみ(黒人役)の熱演を思い浮かべながらこのブロードウェイ版を観たなら、きっと同じように感じていただけるのではないか、と思いたい。

■『悪魔の毒毒モンスター』

舞台で観たものをピックアップすると宣言しておきながら最後だけすみません、この3月に池田テツヒロ演出、福田悠太主演で上演された日本版しか観ていない『毒毒』を。オフで上演されていた頃から気になってはいたのだが、オン作品を優先して観逃がしており、キャストの魅力が生きる演出になっていた日本版を観ながら“観比べ欲”がムクムクと湧いていたのだった。配信というのは、こんな時にはありがたい形態なのかもしれない。

Broadway HD内「ミュージカル」ページのスクリーンショット

Broadway HD内「ミュージカル」ページのスクリーンショット

【2019-2020シーズンの新作】

*情報は6月25日時点のもの

■開幕延期中の作品

『Caroline, or Change』
2004年のトニー賞ノミネート作品の、2018年にロンドンで好評を得たリバイバル版。
https://www.roundabouttheatre.org/get-tickets/2019-2020-season/caroline-or-change/

『Flying Over Sunset』
3人の著名人がLSD(当時は合法)を使用していた事実を元にJ・ラパインが創作する新作。
https://www.lct.org/shows/flying-over-sunset/

『シング・ストリート』
同名のアイルランド映画(副題「未来へのうた」)の舞台化。オフでの好評を受けてBW入り。
https://singstreet.com/


■いったん始まっていた作品

『カンパニー』
ソンドハイムの傑作コメディを『ウォーホース』の演出家でリバイバル。P・ルポンが出演。
https://companymusical.com/

『David Byrne’s American Utopia』
ミュージカルに近いコンサート。いったん閉幕後、秋の再演が発表されていたが、果たして。
https://americanutopiabroadway.com/

『ダイアナ』
ダイアナ元妃の人生を『メンフィス』の作家と『カム・フロム・アウェイ』の演出家で。
https://thedianamusical.com/

『Girl From the North Country
ボブ・ディランの楽曲がちりばめられてはいるが、作りとしては完全にプレイ。要英語力。
https://northcountryonbroadway.com/

『Jagged Little Pill』
アラニス・モリセットの同名アルバムをミュージカル化。『ピピン』の演出家の最新作。
https://jaggedlittlepill.com/

『ムーラン・ルージュ!』
B・ラーマン監督映画をA・ティンバースが演出した話題作。ドラマデスク賞で5冠達成。
https://moulinrougemusical.com/

【動画】『ムーラン・ルージュ!』の最新動画。最後のメッセージが泣けます


『ミセス・ダウト』
同名映画を『サムシング・ロッテン!』の作家兄弟と売れっ子演出家J・ザックスが舞台化。
https://mrsdoubtfirebroadway.com/

『SIX: The Musical』
ロンドンで大ヒット。ヘンリー8世の6人の妻がガールズパワーを炸裂させる痛快作!
https://sixonbroadway.com/

『Tina:ザ・ティナ・ターナー・ミュージカル』
ロンドンでの好評を受けてBW入り。オリヴィエ賞ノミネートの主演女優が続投!
https://tinaonbroadway.com/

『ウエスト・サイド・ストーリー』
ヴァン・ホーヴェ演出、ケースマイケル振付による大胆リバイバル。評判イマイチ…⁉
https://westsidestorybway.com/

【ロングラン作品】

■日本で既に上演された/されている作品

『アラジン』
ディズニーアニメが舞台ならではの手法で表現された秀作。魔法の絨毯は本当に魔法。
https://www.aladdinthemusical.com/

『シカゴ』
『オペラ座の怪人』に次ぐロングラン記録を更新中の名物作。出来は割とキャスト次第。
https://chicagothemusical.com/

『ライオンキング』
開幕から20年以上経つというのに、未だ入場率がほぼ毎週100%を超える大ヒット作。
https://www.lionking.com/

『オペラ座の怪人』
言わずと知れた世界的メガヒット作。圧倒的な知名度ゆえ、劇場では日本人に遭遇しがち。
http://www.thephantomoftheopera.com/

『ウィキッド』
開幕から15年が経ち、ようやくチケットに多少の余裕が。定期的に観たい傑作。
https://wickedthemusical.com/

■日本未上演の作品

『Ain’t Too Proud』
『ジャージー・ボーイズ』のチームが描くテンプテーションズの軌跡。二番煎じだが良い。
https://www.ainttooproudmusical.com/

『ブック・オブ・モルモン』
日本では永遠に上演されなさそうだが超絶面白い。モルモン教だけwikiで調べて観るべし。
https://bookofmormonbroadway.com/

『カム・フロム・アウェイ』
「911」の日、カナダの小さな町に起こった実話をシンプルだが力強い演出で描く感動作。
https://comefromaway.com/

『ディア・エヴァン・ハンセン』
深遠なテーマをスタイリッシュに描く、2017年のトニー賞受賞作。絶対日本でやると思う。
https://dearevanhansen.com/

『Hadestown』
『グレコメ』の演出家が現代的に描くギリシャ神話。2019年のトニー賞で8冠を達成。
https://www.hadestown.com/

『ハミルトン』
チケット超入手困難なモンスター級ヒット作。2020年7月3日よりディズニープラスで配信!
https://hamiltonmusical.com/

【動画】『ハミルトン』OFFICIAL TRAILER

 

【動画】『ハミルトン』 Official Clip | Disney+

 

『ミーン・ガールズ』
同名映画の舞台化。なぜか人気。アメリカ的なノリについていける自信があればどうぞ。
https://meangirlsonbroadway.com/


【最新歌唱ダンス動画あり】ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』9.11開幕決定~柚希礼音・大貫勇輔コメントも到着

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新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年7月~8月の東京公演が中止になっていたミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』は、9月11日(金)に開幕することが決まった。このほど、最新の撮りおろしプロモーション映像と東京・大阪公演の公演期間が発表された。

『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』は、ストライキに揺れる炭鉱町で、バレエダンサーを夢見る少年が家族や街の人々の支えを受けながら夢を叶えていく感動の物語。主人公のビリーを演じるのは、1年以上にわたる育成型オーディションを経て、1511人の応募者から選ばれた4人の才能溢れる少年たちだ。

緊急事態宣言以前に撮影されたプロモーション映像は、劇中歌「エレクトリシティ」(下記動画クリックのこと)。物語のクライマックス、名門バレエスクールの面接で「踊っている時、どんな気持ちになりますか」と聞かれたビリーが、ダンスへの情熱を表現するナンバーだ。今回上演版のビリー4人の動画公開は初となる。

【動画】ミュージカル『ビリー・エリオット』2020版PV


昨年(2019年)12月に最終オーディションで出演が決まって以来、7月の初日に向けて厳しいレッスンを続けていたが、緊急事態宣言発令を受け、全員が集まってのレッスンは一時中断を余儀なくされた。しかし彼らは、舞台の開幕を信じ、それぞれの自宅でリモートによる芝居、歌、バレエ、フィットネスなどのレッスンを続けていた。再び4人が集まってのレッスンが6月初旬に再開してからは、広いスペースで思う存分踊れる喜びを噛みしめつつ、一歩ずつ、着実に成長を続けている。

距離をおいての身体訓練 ©ホリプロ

距離をおいての身体訓練 ©ホリプロ

稽古場では新型コロナウイルス感染予防対策としてこれまでとは全く違う「新しい様式」が取り入れられている。本作は複数の部屋に分かれて同時に稽古を進めていくスタイルだが、すべての部屋には抗菌処理が施され、入室時の荷物の消毒・着用していた服の着替え・新しいマスクへの交換をルールとしている。専門医師の監修のもと作成された感染予防対策マニュアルを全員が徹底的に実施しながら9月11日の開幕を目指す。本番が行われるTBS赤坂ACTシアターでも、万全の感染予防対策が敷かれる。今回、座席は一席ずつ間隔を空け、全席数の50%の数のみを販売する。来場者全員に入場時に検温を実施。劇場ロビーには、複数の消毒用アルコールが設置され、上演期間中は来場者への対応のため、看護師が常駐する。チケット販売の際は、全員に個人情報の提供を呼びかけ、万が一の事態に備える構えだ。

専門業者による稽古場内での対策の様子 ©ホリプロ

専門業者による稽古場内での対策の様子 ©ホリプロ

初演とは大きく異なる状況の中で進行する稽古だが、前回から引き続き出演する柚希礼音と大貫勇輔からコメントが寄せられた。

柚希礼音(バレエ講師ウィルキンソン先生役):
初演時、舞台袖から見て毎日感動するほど、私の人生の中でこれほど最高なミュージカルはないと感じていました。今回は新たなキャストの皆様と『ビリー・エリオット』を作りあげられることも楽しみです。数多くの作品が公演中止になる中で、特にビリー役の子は本当に今しかできないので、上演できることが何よりの希望だと感じています。個人的には安蘭けいさんと同じ役に挑戦できることも楽しみです!

柚希と、新キャストで同役を演じる安蘭けい(右)。机には仕切りが設置されている ©ホリプロ

柚希と、新キャストで同役を演じる安蘭けい(右)。机には仕切りが設置されている ©ホリプロ

大貫勇輔(ビリーの成長した姿、オールダービリー役):
中止になってしまう舞台が多い中、こうして上演できること自体が奇跡だと思いますし、今リハーサルできることもうれしくて、感謝の気持ちでいっぱいです。その気持ちを大切にし、出来る限りたくさんの方にこの素晴らしい作品をご覧いただきたいです。

大貫と、新キャストで同役を演じる永野亮比己(右) ©ホリプロ

大貫と、新キャストで同役を演じる永野亮比己(右) ©ホリプロ

この夏、多くの舞台公演が中止になる中、ホリプロもこれまで40年間、毎年夏に上演を続けてきたブロードウェイミュージカル『ピーターパン』を初めて中止。さらにアンドリュー・ロイド=ウェバーの最新ミュージカル『スクールオブロック』も公演中止となった。この『ビリー・エリオット』も7・8月の公演中止を経て、9月に開幕を迎える。どんな困難の中でも自分の夢を諦めずに前に進んでいくビリーの姿は、きっと観客の心に何かを届けてくれるはずだ。

オープニング公演は2020年9月11日(金)より14日(月)までTBS赤坂ACTシアターにて上演。その後「東京公演」が9月16日(水)から10月17日(土)まで同劇場で上演される。続いて大阪公演は10月30日(金)から11月14日(土)まで梅田芸術劇場 メインホールで上演。公演日程、チケット発売スケジュールおよびキャストローテーションは、詳細が決まり次第発表される予定だ。

【e+独占映像】「ビリー・エリオット」PV撮影現場を潜入取材

 

2020年9月開幕の​ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』、4人のビリー役にインタビュー

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SPICEでは、ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』で主役を演じる川口調くん、利田太一くん、中村海琉くん、渡部出日寿くんのインタビューを、政府の緊急事態宣言発令に先立つ2020年3月におこなっていた。しかし、取材後ほどなくして上演の見通しが不明となったために、インタビュー記事の公開も見合わせることに。やがて緊急事態宣言の解除を経て、2020年7月~8月の東京公演は中止となったが、9月11日から幕を開けることが決定されたことを受け、このほどSPICEでも、当該記事を公開する。前述の理由により、この中で語られている内容が3月時点のものであることを留意のうえ、読み進めていただきたい。(SPICE編集部)



ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』が2020年、新たなキャストを迎えて東京・大阪で再演される。

本作品は『リトル・ダンサー』の邦題で上映された映画(原題『Billy Elliot』)をミュージカル化した舞台。2005年5月にロンドンで開幕し、翌年ローレンス・オリヴィエ賞で4部門を受賞。08年にはブロードウェイに進出し、翌年のトニー賞で最優秀ミュージカル脚本賞・最優秀ミュージカル演出賞など10部門を制覇。日本では2017年夏に初演がおこなわれ、東京と大阪で17万人を動員し、読売演劇賞審査員特別賞、菊田一夫演劇大賞を受賞した。今回は3年ぶりの再演となる。

物語の舞台は、1980年代のイギリス北部の炭鉱町。サッチャー政権下で進められた炭鉱閉鎖計画に対して史上空前の大規模ストライキが起こる中、主人公の少年・ビリーがバレエに魅せられ、英国ロイヤルバレエ団のダンサーになる夢に向かっていく様子を描いている。

タイトルロールのビリー役には、バレエ、タップ、アクロバット、歌、演技などさまざまな表現が求められる。2020年の再演にあたり、応募総数1511名の中から、約1年間にわたる厳しいオーディションを通じて、新たなビリー役に見事選ばれたのは、川口調(かわぐち しらべ)くん、利田太一(としだ たいち)くん、中村海琉(なかむら かいる)くん、渡部出日寿(わたなべ でにす)くんの4人だった。

SPICEは4人がビリーに選ばれた直後にも各々にインタビューを実施しているが、今回(2020年3月取材)はレッスンの様子やレッスンを通じて見えてきた強化したいポイントなどについて、座談会形式で語ってもらった。


■バレエ・タップ・歌、演技……「すべて」が求められるビリーたち

ーー いまは、どんな稽古をしているのですか。その中で楽しいことは?

川口調 今やっていることは、バレエやタップ、体操のレッスンなどです。『ビリー・エリオット』の作品に関係する運動や基礎レッスンを一つ一つやっています。

利田太一 他のみんなも調くんと同じように、バレエ、タップ、体操、そして歌のレッスンも最近始まって。それぞれ一レッスンあたり1時間くらいかけてやっています。いま一番僕が楽しいのは……。

中村海琉 全部?(笑)

利田 まあ全部なんですけど(笑)、特に好きなのは歌です。

中村 僕が楽しいのは2つあって、一つはダンス。ジャズダンスのレッスンは、毎回違う振りを踊るので、どんな振付になるか分からないけれど、それが楽しみなんです。あとは体操が好き。僕は公園で練習をしてきているので、以前よりはずっとできるようになって、楽しくなりました。

渡部出日寿 僕はなんといってもバレエが一番楽しいです。

ーー 稽古は4人で一緒にやっているのですか?

川口 ついこのあいだまでは、僕だけ大阪で一人でやっていたのですが、最近になって僕が東京に来たので、ようやく4人一緒に合同でやれるようになりました。

川口 調  (撮影:山本れお)

川口 調  (撮影:山本れお)

ーー マイケル役の4人とも一緒ですか?

利田 少し前まではタップで一緒だったんですけど、今は別々にやっています。

ーー ビリー役の4人が集まると、どんな話をするのですか?

渡部 ……4人でまとまって話をするのってあまりなくない?(笑)

中村 ……たまに、会った人同士で話をして爆笑する、みたいな?

ーー 爆笑?

利田・中村・渡部 調が……(笑)。

川口 僕が関西の人間なので、ノリが東京と違い、自分でボケて自分でツッコむんです。でも(東京にいる)周りの人たちとの空気感が違うようで、一瞬周りがシーンとなってから、どっと笑いが起こることが多い(笑)。

渡部 調は盛り上げ役だよね。

中村 さすが最年長!(笑)

川口 最年長というより、関西出身だからだよ(笑)。

ーー 調くんは普段、関西弁なのですか?

川口 僕は出身が兵庫ですが、関西弁も標準語も話します。最近は他の方言のようなものも話します。果たしてそれがあっているのかどうかは分かりませんが、学校では「~なっとるけん」「~してん」みたいにミックスして話している。なので、西の方面ならどこに行っても話は分かります(笑)。


■レッスンで経験を重ねて、課題を見つけて

ーー レッスンで面白かったことや印象深かったことはありますか?

川口 大阪でのバレエのレッスンで、アラセゴンターン(回転の基本的テクニックのひとつ)をやった時に、ずっとうまく行っていたのに、最後のポーズのところで足をするっと滑らせて尻もちをついてしまいました。そしたらすかさず先生が「めっちゃ残念やなぁ~!」とコテコテの大阪弁で突っ込んでくれたのが、すごく面白くて笑いました。東京に来てからは、以前よりも内容を詰め込んだレッスンになってきているので、基本的には先生のいうことをしっかり聞いてレッスンに集中しています。

利田 僕、以前はバレエばかりやっていて……というか、バレエしかやってこなかったのですが、『ビリー・エリオット』を通じて、タップやその他のダンスも経験できて、とても新鮮で楽しいのですが、先生から「エネルギーをもっと出して」ということをよく言われるんです。そこがバレエとは違うところで、その違いがとても面白いなと。

利田太一  (撮影:山本れお)

利田太一  (撮影:山本れお)

ーー 歌のほうはどうですか?

利田 歌も大好きです。気分が乗らない時でも、歌を聴けばハッピーになれる。

中村 先生が面白いよね!

利田 うん、先生が面白い! 

ーー 歌の先生はどんな風に面白いのですか?

中村 教え方がめちゃくちゃ面白い。一つ一つに芸を挟んで笑わせてくれます。

ーー 海琉くんが稽古で面白かったことは?

中村 タップダンスで、シャッフルという技があって、レッスンではそれを一人ずつやるんですけど、出日寿くんだけ途中でよく靴が脱げるんです。それが可笑しくて(笑)。

利田 いつも、ありえないところで脱げるから(笑)。

中村 ピューンて靴が遠くまで飛んでっちゃう(笑)。窓ガラスが割れそうになったこともある(笑)。

川口 僕はまだ目撃してないから、それ、早く見てみたい(笑)。

渡部 え~でも、海琉だって脱げてたやん!(笑)

中村 いや、僕は一度だけだよ(笑)。

中村海琉  (撮影:山本れお)

中村海琉  (撮影:山本れお)

ーー 出日寿くんが稽古で面白かったことは?

渡部 僕も太一くんと近くて、体操をちょっとやっていた以外は、ほとんどバレエばかりをやってきたので、やはり『ビリー・エリオット』のオーディションや稽古を通じて、バレエ以外のいろいろなことにも取り組めるのは面白いですね。

ーー みなさんの話を聞いている感じでは、いまのレッスンは基礎練習を中心にやっているということですね。

全員 はい!

ーー ではレッスンを通じて、いまの自分にとって課題だと思うことは何ですか?ビリーに決まった直後の時とはまた感じることも違うと思うのですが……。

川口 僕は基本の動作をたくさん練習してきて、最近は安定してできるようになってきました。でも、その先のテクニック、つまりバレエだったらピルエットやアラセゴンターンなど、本番に出てくる難しいテクニックの練習がまだしっかりできていなくて、失敗することが多い。なので、これからは、基礎は引き続きしっかりやりつつ、ちょっとずつテクニックがうまくいくように、ミスのないようにしていきたいです。

ーー 以前インタビューした時は「体づくり」が課題と言っていました。

川口 最初の頃は、レッスン中に息がハァハァしていたんですけど、少し減ったかな。家でも気をつけるようにしているので、最近やっと体力がもつようになりました。最終オーディションの時よりは体力がついたと思います。

ーー 太一くんはどうですか。

利田 僕はタップの基礎をもっとやりたい。それから、タップをやるうちに、疲れが出てきて、タップがうまく踏めなくなってしまうことがあるので、体力のことも考えつつ、基礎もちゃんとやりたいと思います。

ーー 太一くんは長年バレエをやってきていますが、やはりタップは別物ですか。

利田 はい、まったく別物です。
 
ーー 海琉くんはどうですか。

中村 ビリーはずっと舞台に出ずっぱりですが、それに必要な体力が僕にはまだ備わっていないから、これからつけていかないと。

ーー 出日寿くんはどうですか。

渡部 僕はタップですね。振付に出てくる手の動きまでちゃんとできるようにしたいですね。あとは、ダンスの先生やタップの先生にも言われたことなんですけど、(振付のタイミングのカウントを)早どりする癖があるので、ちゃんと音に合わせてできるように頑張ります。

渡部出日寿  (撮影:山本れお)

渡部出日寿  (撮影:山本れお)


■本番に向けて、それぞれのビリーを目指す日々

ーー これから稽古が本格化していく中で、共演者の方々に聞いてみたいことや楽しみにしていることがあれば教えてください。

川口 ウィルキンソン先生の役の柚希礼音さんや安蘭けいさんは宝塚歌劇団出身です。僕は地元が兵庫なので、お二人が宝塚歌劇団や宝塚音楽学校にいた時、どんなことをやっていたのか、どんなレッスンをしているのか、また、どういうことを意識して生活をしていたか。そういうことを聞いてみたいです!

利田 『ビリー・エリオット』でいいなと思うシーンが「Solidarity」なんです。炭鉱夫や警官の声の迫力がすごくて、ゾクゾクします。なので、どうやったらそんなに逞しい声が出せるのか、聞いてみたいです!

中村 僕も「Solidarity」のシーンで、大人キャストはもちろん、バレエガールズの子たちとも一緒に踊りを合わせてやるのが楽しみです。実際やってみたらどうなるのか……とにかく早くやってみたいです!

渡部 僕はどのシーンも楽しみで、とにかく全部きちんとできるように頑張りたいです。

ーー 本番ではどんなビリーを演じたいか、読者の皆さんに一言ずつメッセージをお願いします。

川口 僕たち4人は同じビリー役として出ますが、それぞれの個性があらわれると思います。自分の考えるビリーは、強くて、格好いいビリー。そうなれるように、これからも一生懸命レッスンを頑張って、いい本番を届られるように努めてまいります。

利田 ダンスでエネルギーを届けたいと思います。お客さんには、ぜひそこを見てほしいです。

中村 僕もダンスでもっと迫力を出せるようにしたいと思ってます。本番では、一人一人のお客さんが、みんないい気持ちで家に帰れるように、全部を出し切って臨みます。

渡部 僕は、観に来てくれたお客さんが「この日のビリーを見ることができて本当に良かった」と思ってくれるようなビリーになります。
 
ーー 健闘をお祈りしています。本番、楽しみにしています!

(左から)川口 調、利田太一、中村海琉、渡部出日寿

(左から)川口 調、利田太一、中村海琉、渡部出日寿

取材・文=五月女菜穂

ブロードウェイ史を辿る新連載!「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」 VOL.1 ヴォードヴィルについて

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【SPICE編集部より】
 「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」をお届けします。文字通りブロードウェイの誕生から現在に至るまでに辿ってきた長き物語を、ブロードウェイ・ミュージカルに詳しい評論家・中島薫さんが連載にて綴っていきます。
 しかし、いま、なぜブロードウェイの歴史なのでしょうか? 
 そのブロードウェイをはじめとする世界各国の舞台芸術が2020年8月現在、コロナ禍により危機的な状況に陥っています。そんな中、舞台芸術から何らかの恩恵を被ってきた人々なら誰しも、この先、それがどうなるかを考えることでしょう。その時、「温故知新=古きをたずねて新しきを知る」(by 孔子)の精神が有効なのではないか、と考えたのです。
 ならば世界のエンターテインメントの頂点に立つブロードウェイの記憶の回路に接続してみよう、そこで未来へのヒントに出会えるかもしれない、それによって私たちの心の免疫力を高められるかもしれない、と思われたのです。
 新たなる連載コラムにご期待ください。
 
 

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆VOL.1 ヴォードヴィルについて

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年3月12日より劇場街が閉鎖されたブロードウェイ。6月末に、来年1月3日までクローズの延長が発表された。ブロードウェイの歴史の中でも、これほど長期に亘る公演中止は例がなく、被害の大きさを物語る。来年無事に、劇場街が活気を取り戻す日を待ちわびるのみである。

 さて、今回より始まる連載「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」。あまたの傑作ミュージカルを生み出した、ブロードウェイが歩んできた道のりを紐解きつつ、現在DVDなど映像で楽しめる作品や、それに関わったパフォーマーはもちろん、ソングライターや振付師・演出家らクリエイターを、時おり脱線を重ねながら紹介する趣向だ。初回は、ヴォードヴィルから行ってみよう。

元祖ボディビルダーの怪力男サンドウが率いる、ヴォードヴィル一座のポスター(1894年上演)。多彩な出し物がうかがえる。

元祖ボディビルダーの怪力男サンドウが率いる、ヴォードヴィル一座のポスター(1894年上演)。多彩な出し物がうかがえる。

 

■封印されたミンストレル・ショウ

 まずは簡単に、ブロードウェイ・ミュージカルの起源をたどれば、西暦1500年代末にヨーロッパで発祥したオペラ、その大衆版として1800年代中期から庶民に愛された喜歌劇オペレッタに行き着く。元々は、ヨーロッパ諸国の植民地だったアメリカ。1776年に独立後も、欧州からの芸能文化を輸入した。特に港町ニューヨークは、ヨーロッパ発のオペレッタを受け入れるのに最適な土地柄だったのだ。

 また一方では、アメリカ独自のエンタテインメントも誕生する。1800年代中盤から、1900年代初頭にかけて各地で上演され、人気を誇ったミンストレル・ショウだ。これは、白人の芸人たちが顔を黒く塗り黒人に扮し、彼ら独特のリズムやユーモア、所作を真似て、ソング&ダンスや漫才、コント風の寸劇を披露するショウ。差別問題に敏感な現在、特に今年5月ミネソタ州で起きた、白人警官による黒人拘束死に端を発する、「ブラック・ライヴズ・マター(黒人の命も大切)」が叫ばれる今では、写真や映像を紹介する事さえ憚れられる演芸の形態だ。

 しかし音楽面において、芸能史に残した足跡は大きかった。ミンストレル・ショウのために歌曲を書き下ろし、名を上げたのがスティーヴン・フォスター(1826~64年)だったのだ。〈おおスザンナ〉や、かつての運動会の定番曲〈草競馬〉、ケンタッキーフライドチキンのCMでおなじみの〈ケンタッキーの我が家〉、など、メロディーを聴けば誰もが知っている名曲は、ミンストレル・ショウ用に創られたナンバー。アメリカにおけるポピュラー・ソングのルーツとなった。

フォスター名曲集は、様々なレコーディングが発売され、家庭で広く親しまれた。

フォスター名曲集は、様々なレコーディングが発売され、家庭で広く親しまれた。

 

■元祖「あらびき団」と腹話術

 その後ミンストレル・ショウから派生した形で、1880年代から1920年代末にかけ、一世を風靡したのがヴォードヴィルだ。この単語だけは聞き覚えある方が多いはずだが、エンタテインメントのジャンルの一つで、ミンストレルよりは上演される演目が多岐に及ぶ。歌と踊りのパフォーマーはもちろん、漫談家に曲芸師、マジシャンらがMCの紹介で次々に芸を見せる、シンプル極まりない構成だ。

 ネタは玉石混交。後述する一流どころの芸人から、男の腕に乗ったアヒルが、歌に合わせて「クワッ!」と鳴くだけの、「男と歌うアヒル」のようなナンセンスな珍芸まで様々だった。日本ではTBSが放送した、有名無名芸人が奇想天外な芸を競い合う「あらびき団」(2007年~)が、ヴォードヴィルのエッセンスを再現している。

 またブロードウェイ・ミュージカルでは、米倉涼子主演で2008年から日本で再演を重ねる『シカゴ』のリバイバル版。実は1975年のブロードウェイ初演は、「ミュージカル・ヴォードヴィル」と銘打たれていた。これは、ジョン・カンダー(作曲)&フレッド・エッブ(作詞)によるナンバーが、1920年代の懐古調で書かれているだけでなく、各曲を独立した見せ場として舞台を進行。曲の前にMCが、「さて、これから御覧に入れますは……」と口上を入れ、そのスタイルを継承していたのだ。劇中でヒロインのロキシーが、弁護士の膝の上で腹話術の人形よろしく口パクで歌う〈ウィ・ボース・リーチト・フォー・ザ・ガン〉は、正に往年の定番演目へのオマージュ。腹話術は、ヴォードヴィルには欠かせない出し物だった。

『シカゴ』でヴォードヴィル・スタイルのナンバーを披露する、主演の米倉涼子(中央)とキャスト  (©CHICAGO 2019ブロードウェイ公演)

『シカゴ』でヴォードヴィル・スタイルのナンバーを披露する、主演の米倉涼子(中央)とキャスト (©CHICAGO 2019ブロードウェイ公演)

 

■アステアからケイリー・グラントまで

姉アデールとコンビを組んでいた、7歳のフレッド・アステア(左)

姉アデールとコンビを組んでいた、7歳のフレッド・アステア(左)

 ヴォードヴィルで芸を磨き、その後ブロードウェイやハリウッドで大成したパフォーマーは数知れず。ソング&ダンス系の代表格が、フレッド・アステア(1899~1987年)だろう。姉のアデールと組んで、子役時代からヴォードヴィルの舞台で活躍。映画「ジュディ 虹の彼方に」(2019年)で、凄絶な人生が明らかになったジュディ・ガーランド(1922~69年)も、幼少時から家族で全国を巡演した。

姉妹とヴォードヴィルで活躍したジュディ・ガーランド(左端)。1935年には短編映画に出演した(当時13歳)。  Photo Courtesy of Scott Brogan

姉妹とヴォードヴィルで活躍したジュディ・ガーランド(左端)。1935年には短編映画に出演した(当時13歳)。 Photo Courtesy of Scott Brogan

 名作「雨に唄えば」(1952年)のドナルド・オコナー(1925~2003年)も、同様に子役出身。彼がこの作品で、壁を駆け上がってバク転をするなど、アクロバティックな体技を存分に見せる〈笑わせろ〉は、ヴォードヴィル芸の集大成だ。意外なところでは、「北北西に進路を取れ」(1959年)などの、二枚目俳優ケイリー・グラント(1904~86年)もヴォードヴィル出身。曲芸師として活躍した。

「雨に唄えば」(1952年)で、〈笑わせろ〉を歌い踊るドナルド・オコナー (DVDとブルーレイは、ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース)

「雨に唄えば」(1952年)で、〈笑わせろ〉を歌い踊るドナルド・オコナー (DVDとブルーレイは、ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース)

 コメディアン系も人材豊富だった。喜劇王チャールズ・チャップリン(1889~1977年)を筆頭に、「オズの魔法使」(1939年)で弱虫ライオンを演じたバート・ラー(1895~1967年)や、「メリー・ポピンズ」(1964年)で、笑い過ぎて身体が宙に浮いてしまう老人に扮したエド・ウィン(1886~1966年)は、ヴォードヴィルを代表する人気コメディアン。映画の中でも、古参芸人風のいい味を出している。また、漫才コンビのスミス&デイル(1920年代に活躍)は、ニール・サイモンの傑作戯曲『サンシャイン・ボーイズ』(1972年)のモデルとなった。

「オズの魔法使」(1939年)のバート・ラー(左端)。かかし役レイ・ボルジャー(中央)と、ブリキ男のジャック・ヘイリーも、ヴォードヴィルへの出演が多かった (DVDとブルーレイは、ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース)。Photo Courtesy of Scott Brogan

「オズの魔法使」(1939年)のバート・ラー(左端)。かかし役レイ・ボルジャー(中央)と、ブリキ男のジャック・ヘイリーも、ヴォードヴィルへの出演が多かった (DVDとブルーレイは、ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース)。Photo Courtesy of Scott Brogan

エド・ウィンが主演したTVショウのDVD。 「メリー・ポピンズ」(1964年)のDVDは、ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ブルーレイはウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社よりリリース。

エド・ウィンが主演したTVショウのDVD。 「メリー・ポピンズ」(1964年)のDVDは、ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ブルーレイはウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社よりリリース。

 

■ヴォードヴィルの遺産

 最盛期は、アメリカの主要都市に多くの専用劇場が創られたヴォードヴィル(今なお現存する劇場は、1913年にブロードウェイでオープンしたパレス劇場)。ところが、1926年に本格的に放送を開始したラジオや、トーキー映画の出現(1927年)に押され、人気に陰りが出た。さらに、同じパターンを繰り返しマンネリ化した演目が、観客に飽きられ始める。以降1930年代からは、ヴォードヴィル劇場も映画館へと鞍替え。上映の合間に余興を見せるスタイルを取り、彼らは「クーラー」の名で蔑まれた。熱を持ちやすかった初期の映写機を、冷却するための時間稼ぎだったのだ。時代の波に乗り損ねた芸人たちは、やがて引退を余儀なくされてしまう。

 しかしアステアを始め、前述のコメディアンら才能に恵まれたパフォーマーは、その後ブロードウェイで大活躍。ソング&ダンスがメインのエンタテインメントに徹したミュージカル・コメディーで、ヴォードヴィル仕込みの至芸で鳴らした。加えて、ミュージカル・ナンバーの振付(特にタップ・ダンス)では、ヴォードヴィルで好評を博したテクニックの多くが踏襲されている。TVへの影響も顕著だった。強面の司会者エド・サリヴァンが、自らの鑑識眼で選んだ歌手やダンサー、芸人たちを紹介する「エド・サリヴァン・ショウ」(1948~71年)は、ヴォードヴィルの構成に倣っていた。

ヴォードヴィル劇場だった頃のパレス劇場(1920年)。 1966年からミュージカルを上演し、『ラ・カージュ・オ・フォール』(初演/1983年)や、『美女と野獣』(1994年)などがロングランを記録した。

ヴォードヴィル劇場だった頃のパレス劇場(1920年)。 1966年からミュージカルを上演し、『ラ・カージュ・オ・フォール』(初演/1983年)や、『美女と野獣』(1994年)などがロングランを記録した。

 

 VOL.2では、ヴォードヴィルに続きブロードウェイ・ミュージカルの礎を築いた、レヴューとオペレッタを特集しよう。

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」 VOL.2 レヴューの帝王とオペレッタ

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆VOL.2 レヴューの帝王とオペレッタ

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima


■興行師ジーグフェルド

 宝塚歌劇団にOSK日本歌劇団。日本でレヴューと言えば、これら歌劇団が上演する、大階段にラインダンス、煌びやかな衣装が眩い、ソング&ダンスの饗宴を思い浮かべる方が多いだろう。ブロードウェイでは、VOL.1で紹介したヴォードヴィルに続いて、観客を魅了したのがレヴューだった。構成はヴォードヴィル同様に、歌手やダンサー、芸人たちのパフォーマンスに加え、世相風刺の寸劇を次々に紹介する趣向。そして何と言っても一番の売り物は、美女が大挙登場する華やかなレヴュー・ナンバーだ。

ジーグフェルドの伝記映画「巨星ジーグフェルド」(1936年)、アメリカ公開時のポスター

ジーグフェルドの伝記映画「巨星ジーグフェルド」(1936年)、アメリカ公開時のポスター

 この分野におけるブロードウェイの第一人者が、「レヴューの帝王」ことフローレンツ・ジーグフェルド(1867~1932年)。プロデューサーと言うより、「興行師」の呼び名が相応しい傑物で、この職業に必要不可欠なハッタリとゴリ押しに長けていた。子供の頃、空の金魚鉢に水を入れ、「よく見ると透明の金魚が泳いでいる」とホラを吹き、友人を集めては観覧料をせしめていたというから筋金入りだ。

 以降、見世物小屋やヴォードヴィルの巡業で興行のノウハウを学び、ブロードウェイでレヴューを手掛ける。皮切りとなった作品が、1907年6月開幕の『1907年のフォーリーズ』。当時の劇場は冷房設備がなかったため、猛暑の夏期は休業。ビルの屋上に設営された仮設劇場で、涼しくなる夕刻から上演された。その後、現在は『アラジン』(2014年)などディズニー作品でおなじみの、ニュー・アムステルダム劇場に移動(ここは古い劇場で、1903年開場)。自らの名と年号を冠した、『○年のジーグフェルド・フォーリーズ』のタイトルで、1931年までほぼ毎年上演を重ねた。

『1912年のジーグフェルド・フォーリーズ』のポスター

『1912年のジーグフェルド・フォーリーズ』のポスター


■看板スターのコメディエンヌ

 厳しい鑑識眼の持ち主だったジーグフェルドが選りすぐった美女ダンサーは、「ジーグフェルド・ガールズ」と呼ばれ、絢爛豪華なレヴューを艶やかに彩った。当時の実写映像は多くは残されていないが、幸い1936年に、彼の伝記映画「巨星ジーグフェルド」が製作され、華美なレヴュー・ナンバーが再現された。特に圧巻なのが、〈愛らしき娘は、まるでメロディーのよう〉。重量100トンの巨大なウェディング・ケーキ状のセットがゆっくり回転すると、175段の階段にひしめき合うは、総勢200名近いキャスト。あまりの規模のデカさに、唖然を通り越して笑ってしまうほどだが、実際の舞台を数十倍スケール・アップしたこのシークエンスは、ハリウッド史に残る名場面となった。コントラストの効いたモノクロ映像も、美しい事この上なし。

「巨星ジーグフェルド」より、〈愛らしき娘は、まるでメロディーのよう〉の場面(DVDは、ワーナー・ホーム・ビデオからリリース)

「巨星ジーグフェルド」より、〈愛らしき娘は、まるでメロディーのよう〉の場面(DVDは、ワーナー・ホーム・ビデオからリリース)

 また、数多くのパフォーマーを世に送り出したジーグフェルド。代表格の一人が、やや大仰なコメディー演技で鳴らした喜劇女優&歌手のファニー・ブライス(1891~1951年)だろう。歌手としては、トーチ・ソング(叶わぬ恋や片想いを歌うバラード)を得意とし、『ジーグフェルド・フォーリーズ』の看板スターとなった(前述の「巨星~」にも本人役で出演)。ブライスの半生は、後にブロードウェイでミュージカル化。それが、バーブラ・ストライザンド(1942年~)を、一躍スターの座に押し上げた『ファニー・ガール』(1964年)だった。バーブラは、1968年の映画化版でも主演。この映画でも、贅沢なレヴュー場面を存分に楽しめる。

ファニー・ブライス。アクの強い芸風で売った。

ファニー・ブライス。アクの強い芸風で売った。

バーブラ・ストライザンド。なるほど良く似ている(「ファニー・ガール」DVDとブルーレイは、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントよりリリース)。

バーブラ・ストライザンド。なるほど良く似ている(「ファニー・ガール」DVDとブルーレイは、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントよりリリース)。


■アメリカ産オペレッタ

 レヴューで使われる楽曲にも、こだわりを見せたジーグフェルド。有能なソングライターを抜擢し、新曲を依頼した。後に〈ホワイト・クリスマス〉を始め無数の名曲を放ち、アメリカを代表する国民的作詞作曲家となった、アーヴィング・バーリン(1888~1989年)もその一人。先に述べた〈愛らしき娘は~〉は、彼が『1919年のジーグフェルド・フォーリーズ』のために書き下ろしたナンバーで、ジーグフェルド・レヴューのテーマ曲となった。

アーヴィング・バーリン作詞作曲〈愛らしき娘は、まるでメロディーのよう〉の譜面

アーヴィング・バーリン作詞作曲〈愛らしき娘は、まるでメロディーのよう〉の譜面

 レヴューと並び、ブロードウェイ草創期の礎を築いたのがオペレッタ。港町ニューヨークが、1800年代に欧州からの芸能文化を輸入していた事は、VOL.1で記した通りだ。実際1868年には、ジャック・オッフェンバック作曲の名作オペレッタ『美しきエレーヌ』と『青ひげ』が初演されている。ただしこれは、原語(フランス語)による上演。ヨーロッパからの移民のための公演だった。一方、風刺の効いた英国産オペレッタ(コミック・オペラと呼ばれた)の脚本・作詞作曲で知られる、ギルバート&サリヴァンのコンビによる代表作『ペンザンスの海賊』や『ミカド』も、1800年代後半にニューヨークで上演されている。

 その後1900年代になって登場したのが、ブロードウェイ発のオリジナル・オペレッタ。中核となったのが、ヨーロッパからアメリカに渡った3人の作曲家だ。それが、『お転婆マリエッタ』(1910年)のヴィクター・ハーバート(1859~1924年)、『放浪の王者』(1925年)のルドルフ・フリムル(1879~1972年)、そして『ニュー・ムーン』(1928年)のシグマンド・ロンバーグ(1887~1951年)。現在は、アメリカでさえ忘れ去られた作曲家だが、スタンダードとなって親しまれている歌曲を数多く生み出した。


■今なお歌い継がれる名曲

 彼らのオペレッタが大衆に愛されたのは、時代背景が大きく影響している。新天地で一旗揚げるべく渡米したヨーロッパ移民たちは、浮世離れした筋立てと甘美な調べに、日々の苦労を忘れたのだ。事実、『お転婆マリエッタ』と『ニュー・ムーン』は、身分を隠した貴族が主役。15世紀のパリが舞台の『放浪の王者』は、貧しくも愛国の血に燃える放浪詩人と王妃のロマンスと、感傷的な物語が好評を博した。楽曲では、『放浪~』の〈ヴァガボンドの唄〉は、後に松竹映画「親父とその子」(1929年)の主題歌用に、「♪虹の都 光の港 キネマの天地」と日本語詞が付けられ、〈蒲田行進曲〉のタイトルで親しまれた。また、『ニュー・ムーン』の〈朝日の如くさわやかに〉と〈恋人よ我に帰れ〉は、今なお多くのジャズ歌手やミュージシャンがレパートリーに加えている。

『ニュー・ムーン』が、2003年にニューヨークのシティ・センターで上演された際のレコーディング(輸入盤CD)。歌唱大充実の好盤だ。

『ニュー・ムーン』が、2003年にニューヨークのシティ・センターで上演された際のレコーディング(輸入盤CD)。歌唱大充実の好盤だ。

 ただ残念なのは、これらオペレッタはハリウッドで映画化され、後にDVDで発売されたものの、現在日本で入手できるのは、1935年に映画化された『お転婆~』のみ(邦題の「浮かれ姫君」が秀逸だ)。主演は、名コンビを謳われたネルソン・エディとジャネット・マクドナルド。クラシカルな発声で朗々と美声を響かせ、アメリカでは大変な人気だった。

「浮かれ姫君」(1935年)のアメリカ公開時ポスター(DVDはジュネス企画からリリース)

「浮かれ姫君」(1935年)のアメリカ公開時ポスター(DVDはジュネス企画からリリース)

 意に沿わぬ婚約者から逃れるため、侍女に成りすました王女の冒険譚は少々ダレるが、マクドナルドの美しさに息を呑む。劇中歌の〈ああ!人生の甘き神秘よ〉と〈誰かと恋している〉は、サットン・フォスター主演の『モダン・ミリー』(2002年)で、パロディー的に使われ効果を上げていた。ミリーの友人に一目惚れした会社社長が、突如「あああ~!」とオペラ調で歌い上げ、爆笑を誘ったのがこの曲だ。

ジャネット・マクドナルド(1903~65年)。代表作は他に、「メリィ・ウィドウ」(1934年)や「桑港」(1936年)など。

ジャネット・マクドナルド(1903~65年)。代表作は他に、「メリィ・ウィドウ」(1934年)や「桑港」(1936年)など。

 VOL.3では、オペレッタの衰退に替わり登場した、ブロードウェイ・ミュージカルの開祖となった記念碑的名作『ショウ・ボート』(1927年)を紹介しよう(この舞台のプロデュースもジーグフェルドだった)。

文=中島薫

綾瀬はるかが、ミュージカル『ビリー・エリオット』の舞台裏に迫る特別番組の放送が決定

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新型コロナウイルス感染症の影響により2020年7月~8月の東京公演が中止になっていたミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』が、満を持して9月11日(金)よりプレビュー初日を迎える。この度、稽古場に密着したドキュメンタリー番組が放送されることとなった。

ミュージカル『ビリー・エリオット』番組告知15秒スポット

本作は、アカデミー賞監督賞ノミネート作品、映画「リトルダンサー」をミュージカル化したもの。2005年に上演されるや否や、瞬く間に世界中で大ヒットし、観客動員数は1,000万人を超え、ミュージカル界世界最高峰の栄誉、トニー賞では10冠に輝いた。見る人全ての心を鷲掴みするのは、物語の主人公、ビリー・エリオット。イギリスの貧しい炭鉱町に住む、11歳の少年はある日、バレエとの運命的な出会いを果たし、その世界に没頭していく。父からの反対など様々な困難に立ち向かい、葛藤しながらも夢に向かうビリーの姿は、やがて周囲の人々の心を突き動かしていく……という物語だ。

2017年に日本初上陸した本作。観客動員数16万人を超えるヒット作に。そして3年後の2020年、ついに待望の再演が決定した。1年半にもわたるオーディションを経て、1511名の中から4名の新生ビリーが誕生した。夢のステージに向かい、練習に励むビリーたち。 だが、そんな彼らの行く手を阻むかのように、新型コロナウィルスの影響により練習が中断してしまう。だが、彼らは決して諦めず、自宅でも練習を続けていた。まさにその姿は、逆境に立ち向かうビリーそのものだった。

(C)ホリプロ

(C)ホリプロ

番組では、公演の魅力はもちろん、困難を乗り越え開幕に至るまでの軌跡に、女優の綾瀬はるかが迫る。実は、2017年版の『ビリー・エリオット』を見てからすっかり大ファンになったという彼女。そこで目の当たりにしたのは、希望に満ちた少年たちの眼差し。舞台の成功を信じ、ひたむきに練習を続けるビリーたち。いったい、綾瀬は何を感じ、何を思ったのか。そして、一人のファンとして、嬉しい出来事が。なんと、ビリー・エリオットの練習に綾瀬はるかが参加できることに。4人のビリーと取り組む練習、その出来栄えは……?
さらに、綾瀬がビリー役を演じる少年たちの質問に答える特別企画も実施された。題して「綾瀬はるかに6つの質問」。少年たちのまっすぐな質問に、表現者としての先輩として彼女はどう答えるのか。そして、最後には綾瀬はるかから4人のビリーに向けてのとっておきのサプライズも行われた。思わず4人のビリーも、拍手喝采となった出来事とは。

(C)ホリプロ

(C)ホリプロ

本番組は8月22日(土)午後4:30より、TBSテレビ(※関東ローカル)にて放送。また、公演は9月11日(金)~14日(月)東京・TBS赤坂ACTシアター、10月30日(金)~11月14日(土)大阪・梅田芸術劇場 メインホールにて上演される。

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」番外編 『ハウ・トゥー・サクシード』

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文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima


 2020年8月1日よりスタートした、新連載「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」。ブロードウェイの歴史を辿りつつ、これまでに生み出された傑作や、関わったクリエイターやパフォーマーを紹介する企画だ。その一方で、早くも今回から登場するのが「番外編」であります。ブロードウェイの歴史上大きな意味を持つ名作が、翻訳上演されるタイミングに合わせ、その魅力と故事来歴を、更に深掘りするという趣向。初回は、9月4日に東急シアターオーブで初日を迎えた『ハウ・トゥー・サクシード』だ。
 

■長いタイトル、ロマンスなし

 かつては、『努力しないで出世する方法』のタイトルで知られたこのミュージカル。原作は、広告代理店勤務のシェパード・ミードという作家志望の男が1952年に発表した、サラリーマンのための同名ハウ・トゥー本だった。この原作に目を付け、最初はストレート・プレイとして脚本を書き下ろしたのが、劇作家のジャック・ウェインストックとウィリー・ギルバート。やがて、この脚本にミュージカル化の可能性を見出したプロデューサーが、エイブ・バロウズに台本と演出、作詞作曲をフランク・レッサーに依頼する。彼らは、快作『ガイズ&ドールズ』(1950年)を放った才人たちだ。

 ところが当初、2人は全く乗り気でなかったというから面白い。まずタイトルが、看板に入り切らないほど長すぎる(原題は、『How To Succeed In Business Without Really Trying』)。また大会社を舞台に、サラリーマンのオッサンたちが歌い踊るミュージカルというのも例がなく、何よりもこの手の作品には不可欠な、ロマンスの要素を盛り込み難い事も、バロウズとレッサーの創作意欲を削いだのだ。

原作本は、1964年に翻訳出版。「雑用係から脱出する法」や「責任を転嫁する法」、「ワンマンのお気に入りになる法」などに項目分けされている。

原作本は、1964年に翻訳出版。「雑用係から脱出する法」や「責任を転嫁する法」、「ワンマンのお気に入りになる法」などに項目分けされている。

 しかし彼らは、パワハラにセクハラ、縁故採用や学閥など、現在の我が国の企業でも堂々とまかり通る悪癖を痛烈に皮肉る事で、コメディー的要素を存分に強調。さらに、出世しか頭にない猪突猛進型の主人公フィンチ青年と、彼に思いを寄せるヒロインのローズマリー、どこかトボけた公私混同の社長、コネ入社の軽薄な社長の甥ら、ユニークなキャラクターを次々に登場させ、軽妙かつ賑やかなミュージカル・コメディーへと仕立て上げた。

『ハウ・トゥー・サクシード』ブロードウェイ初演(1961年)の舞台より、右端が主人公フィンチ役のロバート・モース。左端がルディ・ヴァリー(ビグリー社長)。ヴァリーは往年の人気歌手だった。

『ハウ・トゥー・サクシード』ブロードウェイ初演(1961年)の舞台より、右端が主人公フィンチ役のロバート・モース。左端がルディ・ヴァリー(ビグリー社長)。ヴァリーは往年の人気歌手だった。


 

■フォッシーとレッサーの仕事

初演のオリジナル・キャストCD。2003年にリリースされた、デラックス・コレクターズ・エディションには、レッサー自身が歌う貴重なデモ録音を収録している(輸入盤やダウンロードで購入可)。

初演のオリジナル・キャストCD。2003年にリリースされた、デラックス・コレクターズ・エディションには、レッサー自身が歌う貴重なデモ録音を収録している(輸入盤やダウンロードで購入可)。

 ブロードウェイ初演は、1961年に46丁目劇場(現リチャード・ロジャーズ劇場)でオープンし、続演1,417回の大ロングランを記録。1962年にはピューリッツァー賞に輝いたのも、前述の風刺精神が高く評価された結果だった。そして初演で特筆すべきが、ボブ・フォッシーの振付だろう。後年は、退廃的でエロティックなスタイルに固執した彼だったが、この頃はコミカルにちょこまかと動き回る、作品のテイストに合わせた軽快なダンス・ナンバーを得意とした。本作は、1967年に映画化(邦題は「努力しないで出世する方法」)。残念ながら多くのナンバーがカットされてしまったものの、〈秘書はオモチャじゃない〉など何曲かはフォッシーのアシスタントが振付を再現。「天才」の片鱗を確認出来る。国内盤DVDは未リリースだが、アマゾンなどで入手出来る輸入盤は、PCで再生可能だ。

映画版DVD(輸入盤)。モースとヴァリーは、舞台での好評を受け引き続き出演している。

映画版DVD(輸入盤)。モースとヴァリーは、舞台での好評を受け引き続き出演している。

映画公開時にリリースされたサントラLP

映画公開時にリリースされたサントラLP

 レッサーによる都会的な楽曲も素晴らしい。最大のヒット曲が、フィンチが歌う〈君を信じてる〉。フランク・シナトラやペギー・リー、ボビー・ダーリンら、錚々たる人気歌手がカバーしスタンダードとなった。タイトルを見る限り、フィンチがローズマリーに歌うラヴ・ソングのようだが、さにあらず。役員室のトイレで、鏡に映った自分に、「叡智を求める冷静で澄んだ瞳。決断力に満ちた話し方。そんな君を信じているよ」と歌い、自らを奮い立たせるウィットに富んだナンバーだった。

 一方、突如フィンチが愛に目覚める〈ローズマリー〉も洒落が効いている。大仰に歌い上げながら、しつこい位にローズマリーの名前を連呼するのだ。これは、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)の名曲〈マリア〉のパロディー。当時のブロードウェイの観客には、すぐに通じたギャグだった。

フランク・レッサーの愛娘スーザンが、父の想い出を綴った回想録「ア・モスト・リマーカブル・フェラ」(1993年出版)。レッサーは1969年に、肺癌のため59歳で亡くなった。

フランク・レッサーの愛娘スーザンが、父の想い出を綴った回想録「ア・モスト・リマーカブル・フェラ」(1993年出版)。レッサーは1969年に、肺癌のため59歳で亡くなった。


 

■様々な『ハウ・トゥー・サクシード』

 日本では、『努力しないで出世する方法』のタイトルで、1964年に新宿コマ劇場で初演された。主演は、坂本九(フィンチ)と草笛光子(ローズマリー)。他には、東宝ミュージカルの名脇役・益田喜頓(ビグリー社長)や、歌手のジェリー藤尾(社長の甥)ら、懐かしい顔触れが揃っていた。音楽監督は、今年のNHK朝ドラ「エール」で、窪田正孝演じる主人公のモデルとなった、作曲家の古関裕而が務めている。その後は、『ハウ・トゥー・サクシード~努力しないで出世する方法~』と改題。1996年に、宝塚歌劇団・花組が真矢みき(現ミキ)主演で上演し、以降2000年に高嶋政伸、2007年に西川貴教の主演で上演を重ね、2011年には宝塚・雪組が音月桂のフィンチで再演した。

日本初演(1964年)のプログラム表紙。新宿コマ劇場は円形舞台の大劇場(2008年閉館)

日本初演(1964年)のプログラム表紙。新宿コマ劇場は円形舞台の大劇場(2008年閉館)

 ブロードウェイでは、初演以降1995年にマシュー・ブロデリック(『プロデューサーズ』)の主演でリバイバル。CGを多用した舞台美術が大きな話題を集めた。しかし、いかにも1960年代風のオーソドックスなミュージカル・ナンバーと、ハイテク仕様のビジュアルは水と油で、思ったほどの効果が上がらなかったのは惜しい(ブロデリックは好演だったが)。

 その後は、映画「ハリー・ポッター」シリーズでおなじみのダニエル・ラドクリフ主演で、2011年に再演された。初ミュージカルで善戦したラドクリフはもちろん、作品も称賛を浴び、トニー賞では最優秀リバイバル賞を筆頭に、主要7部門でノミネート。ビグリー社長役のジョン・ラロカットが、助演男優賞を受賞した。今回、増田貴久がフィンチを演じる2020年バージョンは、このラドクリフ版をベースにしている。

ラドクリフ版オリジナル・キャストCD(輸入盤やダウンロードで購入可)

ラドクリフ版オリジナル・キャストCD(輸入盤やダウンロードで購入可)


 

■活気溢れるユニークなダンス

 振付と演出は、イギリス出身のクリス・ベイリー(現在はNY在住)。ブロードウェイで、ラドクリフ版の振付・演出を手掛けたロブ・アシュフォードに才能を認められ、本作はもちろん、『プロミセス・プロミセス』(再演/2010年)などで彼のアシスタントを務めた、次世代のブロードウェイを担う俊英だ。

 ベイリーは、師匠アシュフォードからの、「作品のカラーや時代設定、登場人物のキャラクターを的確に把握し、それをダンスで表現する」という教えを受け継ぎ、今回の翻訳上演でもその成果を見せる。特に必見のナンバーが、二幕後半でフィンチと上司たちが歌い踊る〈世界は一つ〉だろう。とにかくユニークな振付が圧巻なのだ。スーツ姿の男性陣が、手に手を取って仲良く踊っていたかと思うと、おしくらまんじゅうのようなフォーメーションで移動。多分に戯画化された表情とアクロバティックな振付で、きびきびとテンポ良く踊りまくるその楽しさは、筆舌に尽くし難い。私が観たブロードウェイ公演では、ナンバーの途中で何度も拍手が沸き起こったほどだった。

 日本では、9年振りの再演となる『ハウ・トゥー・サクシード』。さらにパワーアップした、ミュージカル・コメディーの神髄を堪能して頂ければ幸いだ。東急シアターオーブでの公演は、9月4日(金)~20日(日)まで。その後、10月3日(土)~9日(金)に、大阪のオリックス劇場でも上演される。

吉原光夫と加藤敬二が語る『BROADWAY MUSICAL LIVE 2020』とあの頃のこと

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2020年9月25日(金)、26日(土)の2日間、Bunkamuraオーチャードホールにて『BROADWAY MUSICAL LIVE 2020』が上演される。多彩なミュージカル俳優たちとオーディションで選ばれた気鋭のダンサーが織りなす本ライブで、演出を務める吉原光夫と振付の加藤敬二に話を聞いた。

今、作品作りで葛藤する現場、そして劇団時代に明かりの消えた稽古場でふたりが見た光景とはーー。

ーーまずは吉原さん、本作の演出コンセプトを教えてください。

吉原 僕自身、ライブをやっていない人間なので(笑)、今回、演出のお話をいただいた時に、どうして自分がライブやコンサートに出演しないのか、そこからあらためて考えてみようと思いました。

――答えは出ましたか?

吉原  ミュージカル作品と違い、物語の流れがない中で舞台に出て歌うことに自分はどこか気恥ずかしさがあるんだと思います。その前置きがありつつ、今回はミュージカル俳優ならではのライブをお客さまに観てほしいと思っています。具体的には、前の人が歌ったナンバーの心情と繋がりを持つ形で次に出てきた俳優が歌う、みたいな。このコンセプトで行こうと思った時から、敬二さんのお宅にお邪魔して、いろいろご相談しつつ構成を詰めていきました。ただ、企画が動きだした時と今とではコロナのこともあって状況が変わっています。おもに振付の面でできないことも出てきましたが、歌の力を感じられるライブパッケージになっているんじゃないかと思います。

――加藤さんは振付を担当されます。特に強く意識なさっているポイントはどういうところでしょう。

加藤 この企画が具体的に動き出したのが昨年末でしたが、光夫くんと話すうちに、彼の演出には強い“軸”があることがわかりました。その“軸”を受けつつ、ミュージカル俳優ならではのパフォーマンスを魅せていきたいと思っています。いろいろな作品から有名なナンバーをただピックアップして並べてみただけ……とか、スターの後ろで個性を殺したバックダンサーが踊る……みたいなステージには僕もしたくないですから。なので、今回は曲と曲をつなぐブリッジの部分が特に重要になります。そこは振付でも強く意識するポイントですね。

吉原 ダンサーはオーディションもやりましたね。

加藤 そうそう、書類選考に通った人だけでも200人以上のダンサーと会って。オーディションっていうと、振りを移して曲に合わせて踊ってもらって終了ってパターンがほとんどですが、今回は4回に分けてワークショップ形式で実施したんです。1回2時間半くらいかけたかな。今回のライブに出てもらうことは叶わなかったダンサーから、あとになって「めちゃくちゃ楽しかったし、いい経験になりました」って声をかけてもらったのは嬉しかったですね。オーディションに参加してくれたダンサーたちにもギフトを渡せた気がして。
 

■控えめに言っても「ヤバい」ステージング

吉原光夫×加藤敬二(撮影:上村由紀子)

吉原光夫×加藤敬二(撮影:上村由紀子)

――吉原さんは加藤さんのお宅にまで行ってお話されたんですね。

吉原 もともと同じ劇団(=劇団四季)の出身ですし、奥さまの山崎佳美さんが僕がやっている「響人(ひびきびと)」の舞台に出演してくださったご縁もあって、親しくさせていただいてます。さらに言うと、僕が敬二さんのファンなんですよ。今回は敬ニさんがこれまで創ってきたものを解剖し、それを自分にも教えてほしいという思いが凄く強かった。僕のショーの入り口は、劇団四季で観た『ソング&ダンス』シリーズで間違いないですから。

今日の時点で敬二さんが作った3曲の振りを見せてもらいましたが、控えめに言ってもヤバいです。凄まじいと思いますよ。3Dと言っていいんじゃないかな。

――す、3Dとは?

吉原 劇団四季のショーを除いてですが、こういうライブでありがちなのが、スターを前に出してダンサーは後ろでただ踊る、みたいなステージングじゃないですか。でも今回は才能に溢れた素晴らしいダンサーさんが14人も参加してくれていますから、エネルギーのうねりはとんでもないですし、全員ただのバックダンサーなんかじゃない。僕は稽古場で彼らのダンスを見ながら「俺、これ踊れって言われたら絶対に無理……」って震えながら吐き気をもよおしてましたからね(笑)。そのくらい、いい意味でぶっ飛んでます。

加藤 光夫くんも一緒にステージで踊ればいいじゃない(笑)。

吉原 いや、それは本当に無理です(笑)。

――なんなら、加藤さんにも代表作『クレイジー・フォー・ユー』のナンバーを歌って踊ってほしいです。

加藤 いやいや、勘弁してください(笑)。

吉原 それはマジで観たい!そういえば、自分が専門学校時代に初めて四季のミュージカルを観たのも敬ニさんがボビーを演じた『クレイジー・フォー・ユー』でしたよ。

加藤 ええっ、本当に?

吉原 全部凄かったですけど、特に敬ニさんのタップのレベルに圧倒されて「負けてらんねえ」ってめちゃくちゃタップの稽古したのを覚えてます。何と戦っていたのか、今となっては謎ですが(笑)。

加藤 そういえば、光夫くんはタップ上手かったよね。劇団時代は今よりもう少しシュっとしてたし(笑)。

――おふたりのそんなお話を伺っていると、出演者の中に光枝明彦さんがいらっしゃることに深い意味を感じます。

吉原 シンガーに関しては全員共演経験があるメンバーです。が、光枝さんには特に重要な意味を背負って舞台に立ってもらおうと思っています。光枝明彦という俳優の人生を舞台で振り返る……みたいなイメージでしょうか。

加藤 10代の俳優やダンサーと光枝のお父さんが同じ舞台に立つことにも大きな意味があると思うんです。光夫くんとも話しましたが、若い世代にいろいろなことを繋げていく、手渡していくというのも今回のライブのテーマのひとつですし、僕たちの課題だとも感じています。
 

初めて共にした仕事は劇団時代の『夢から醒めた夢』

吉原光夫(撮影:上村由紀子)

吉原光夫(撮影:上村由紀子)

――吉原さんと加藤さんが仕事として初めて組まれたのは劇団四季時代の『夢から醒めた夢』でしたね。

加藤 そうですね、『夢から醒めた夢』リニューアル時に僕は振付を担当していました。

吉原 僕は暴走族役で出演。これが劇団四季での初役でした。同期の子が先生(=浅利慶太氏)に推薦してくれたのがきっかけですね。

加藤 それは知らなかった。

吉原 福岡公演からのスタートで、それまでの『夢醒め』とは衣裳も変わって、霊界空港のシーンではヒップホップのアレンジが加わったり、ロビーパフォーマンスを実現させたりと、凄く新鮮でした。ロビーパフォーマンス、僕は高足ピエロだったんですけど、スタンバイがめちゃくちゃ早くてどうしようかと思いましたよ。

加藤 開場時にはすべて準備した状態でお客さまを迎えないといけないから。

吉原 暴走族は劇団で初めて付いた役でしたし、そこに集中したい気持ちも強かったので、45分前の高足ピエロスタンバイが最初はキツくて。でも、お客さまがロビーでのパフォーマンスを見て盛り上がって喜んでくれたり、一緒に写真を撮ってくれたりする中で、こちらの気持ちもほぐれてモチベーションが上がっていくんです。ロビーパフォーマンスがあると、緊張が解けた状態で舞台に上がれるというのは発見でした。

加藤 そうなの?僕は遊園地と劇場の共通点が非日常への入り口であると考えてあのロビーパフォーマンスを構想したんだけど、そんな効果もあったんだね(笑)。

――今回、いろいろ大変な状況でのお稽古だと思います。現状、どんなご様子でしょう。

吉原 やっぱり、今は考えることも多いですよね。特に感染症対策に関しては、全員が敏感になっていると思います。ただ、それをネガティブにとらえるのではなく、どうポジティブな方向に引っ張り上げられるか、どうしたらこの状況を逆手に取って面白くできるかを模索中です。

加藤 僕はずっと以前から光夫くんと一緒に何かを創れたらと思っていたので、とにかく稽古が楽しいですよ。彼が持つ周囲のモチベーションをあげていく力は凄いと思います。劇団時代に『ジョン万次郎の夢』という作品で彼が二役を演じたことがありましたが、抜き稽古でジョン万次郎役の俳優とふたりで対峙した時に、光夫くんがせりふを語るとその場の空気がガラっと変わるんです。温度がババっと上がる感じ。今の稽古場でもその頃からの求心力は生きています。

吉原 おお、マジですか(笑)。

加藤 そういえば、『ジョン万次郎』カンパニーにバスケのユニフォーム作ってくれたこともあったよね。

吉原 ええ、よく覚えてますね。

加藤 確かに僕の方が劇団でも先輩でしたが、そういうことが壁になって遠慮が生まれると絶対にいい作品は創れない。だから、作品全体を上げていくためのディスカッションは演出家と振付家としてつねに対等な目線でやってます。最終目標はお客さまに最高に楽しんでもらえるライブを創ることで、そこは完全に一致していますから。
 

■誰もいない稽古場でふたりが見たもの

加藤敬二(撮影:上村由紀子)

加藤敬二(撮影:上村由紀子)

――劇団時代、おふたり共通の思い出があれば教えてください。

吉原 旧稽古場の電気がひとつだけ点いた中で振付を考えてる敬二さんに「どうすか?」って声をかけて、自分はその隣でタップ踏んだり歌の稽古をしたりしたことを思い出しますよね。あの加藤敬二もこうして誰もいない稽古場でもがき苦しんでるんだ、っていつも感じてましたし、その姿を見ることで自分もフラットな状態に戻れる気がしましたから。

加藤 ふとした瞬間に「うぃっす」って光夫くんから声がかかるんだよ。劇団が“動いていない”時間ってあるじゃない。全体の稽古やレッスンが終わって、多くの人が帰った静かな稽古場。その“動いていない”稽古場に残って何かをやる人間って毎回同じ、そして限られていて。

吉原 特にそこで一緒に何かをするワケじゃないんですよね。

加藤 そうそう、あらかじめ約束をして残るワケでもなく、すれ違ってひと言挨拶するくらい。だけどそこには見えないけれど絶対に繋がっている“糸”がある。それがとても大事なんだよね。今のカンパニーでもそういう関係性が作れたらいいな、と思ってる。

――取材でおふたりが揃う機会も貴重だと思いますので、信頼関係がある上で、お互い気になるところを伝えあっていただけると嬉しいです。

吉原 敬ニさんは集中しすぎると水分も食事もとらず倒れこむのはどうかと思います。子どもじゃないんだから(笑)。この前も根を詰めすぎて稽古場の床で動けなくなっちゃって、ちょっと、そこまでやるか!って思いました(笑)。そういえば、昨日も「……今はサンドウィッチしか食えない」ってへたってましたよね。

加藤 あったあった(笑)。

吉原 本当、そろそろ食事が普通に摂れる余力は残してください。

加藤 光夫くんはこう見えて凄く気を遣う人だから……

吉原 こう見えて、ってどういうことですか(笑)。

加藤 いやほら、プライベートではもっとズバっとくるようなことも、稽古場では遠慮して僕に言えてないんじゃないかな?って。

吉原 一切、それはないです。今、敬二さんが振付してくれているダンスパートはめちゃくちゃ素晴らしいですし。ただ、コロナの問題を考えるとどうしても時間や接触の関係等で削らなくちゃいけないパートもあって、良いけど削らなくちゃいけないという自分の中のジレンマが、少し回りくどい表現になっているんだと思います。

加藤 そうか、良かった。

――お互いの“愛”が確認できたところで『BROADWAY MUSICAL LIVE 2020』の見どころをお願いします。

加藤 (大嶋)吾郎さんの音楽アレンジ、最初に聞いた時は僕自身が飛び上がりました。本当に、自分が20歳若ければ先頭切って踊りたいくらい。そこに光夫くんの“軸”が通った演出が相まって、凄い化学反応が生まれています。ここから初日まで稽古を重ねて、全員でどんなショーを作っていけるか、楽しみにしていただければと思います。

吉原 吾郎さんが作ってくれる音楽が本当に素晴らしいです。音楽のことを良くわかってない自分のオーダーを確実に具現化してくれる技術には尊敬しかありませんし、そこに“天才・加藤敬二”の振付が加わってエラいことになってます。自分としては曲と曲の間に流れる“ライン”を強く意識した演出をきっちりお見せできるよう格闘中です。

ド派手ではないですが、確実にお客さまの心に届くライブになりますので“奇跡の2日間”を劇場で体感していただければ嬉しいです

吉原光夫×加藤敬二(撮影:上村由紀子)

吉原光夫×加藤敬二(撮影:上村由紀子)

【取材note】

加藤敬二と吉原光夫。劇団四季では先輩と後輩だったふたりが、振付家と演出家としてひとつのショーを創造する……なんてエキサイティングな企画だろう。ただ、最初にこの話を聞いた時は「なぜ、このふたりが?」というクエスチョンもあった。なぜなら、劇団時代、ふたりの共演舞台を観た記憶がなかったからだ。

が、今回のインタビューでその小さな謎が解けた。作品の全体稽古や公式のレッスンが終わり、皆が帰宅したあとの人気(ひとけ)のない稽古場……共通項はそこにあった。交わす言葉は少なくとも、ふたりは同じ想いを抱えて暗い稽古場で自分と向き合う同志だったのだ。

これまで”芝居”にこだわり続けた吉原と”ダンス、振付”にさまざまなものを賭けてきた加藤。そんなふたりがこの禍を乗り越え”軸”が通ったライブを創っている。そこにどんな物語や人生が存在するのか……開幕を楽しみに待ちたい。

取材・文・撮影=上村由紀子(演劇ライター)


「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」 VOL.3 始まりは『ショウ・ボート』

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆VOL.3 始まりは『ショウ・ボート』

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

■タブーに挑んだ歴史的名作

 VOL.2で紹介したアメリカ産オペレッタ。1910~20年代にブロードウェイでヒット作が相次ぐも、徐々に人気は陰りを見せる。浮世離れした物語が、時代のテンポと噛み合わなくなってきたのだ。そこに登場したのが『ショウ・ボート』(1927年)だ。「一夕の娯楽」に徹した作品が多くを占めた当時のブロードウェイで、シリアスな問題に取り組み高い評価を得た。

『ショウ・ボート』初演(1927年)より。船の中の舞台で演じられる、劇中劇の場面。

『ショウ・ボート』初演(1927年)より。船の中の舞台で演じられる、劇中劇の場面。

 時は1880年代。ミシシッピー河を巡演するショウ・ボート(劇場船)を舞台に、船長の娘マグノリアと、流れ者の賭博師ゲイロードの出会いと結婚、そして別れ。やがて時を経ての再会が物語の軸だ。そこに、白人に重労働を課せられる黒人たちの苦悩や、混血ゆえに差別を受け、酒に溺れて身を持ち崩す一座の歌姫ジュリーの姿を生々しく描写。差別問題やアルコール中毒などのタブーに迫り、リアリティー溢れる登場人物が歌う初のブロードウェイ・ミュージカルとなった。作曲は、オペレッタの優雅さに加え、ジャズや黒人霊歌のエッセンスを併せ持ったジェローム・カーン(1885~1945年)。作詞と脚本は、『ローズ・マリー』(1924年)などオペレッタを数多く手掛け、後に作曲家リチャード・ロジャーズとのコンビで一時代を築く、オスカー・ハマースタイン2世(1895~1960年)が担当した。

 彼らの楽曲も、本作の大きな魅力だ。マグノリアとゲイロードの正調オペレッタ風デュエットの〈メイク・ビリーヴ〉と〈君こそは愛〉。そしてジュリーが歌う、ブルース調の〈あの人を愛さずにはいられない〉や〈ビル〉(後者は、他の作品用に書かれたナンバー)。船で働く黒人荷役のジョーが、「生きる事に疲れ果てたが、死ぬのは怖い」と日々の労苦を吐露する〈オール・マン・リヴァー〉など、この大河ドラマに相応しい、スケールの大きい名曲が揃っている。初演は、VOL.2で紹介した興行師ジーグフェルドのプロデュースで、彼の名を冠したジーグフェルド劇場で1927年12月27日にオープン。当時としては大ロングランの、続演572回を記録した。

■これまでに3回映画化

 『ショウ・ボート』は、映画版で更に知名度を高めた。最初は1929年で、これはサイレント映画(部分的にトーキー)。1927年のトーキー映画出現から、ブロードウェイ・ミュージカルの映画化版が無数に製作されたが、本作はその分野でも先駆けだった。

1936年版のアメリカ公開時ポスター(DVDはジュネス企画からリリース)

1936年版のアメリカ公開時ポスター(DVDはジュネス企画からリリース)

 以降、ブロードウェイの主要キャストが参加した1936年版、華やかな色彩が美しい1951年版と、計3回映画化されている(初回と2回目は白黒映画)。批評家の間では、1936年版をベストに推す向きが多いが、これには疑問が残る。ジュリー役のヘレン・モーガンや、黒人ジョーに扮したポール・ロブソンら、舞台で評判を呼んだ伝説的パフォーマーの歌を楽しめるのは資料的にも貴重。だが残念な事に、ミュージカル・ナンバーの演出が凡庸なのだ。

ヘレン・モーガン(1900~41年)の名唱集。彼女は、ジュリーと同様に過度の飲酒が原因で、41歳で死去。

ヘレン・モーガン(1900~41年)の名唱集。彼女は、ジュリーと同様に過度の飲酒が原因で、41歳で死去。

 例えば、前述の〈オール・マン・リヴァー〉。ロブソンのソロで貫けばよいものを、「汗まみれで働いて身体が痛む」の歌詞に合わせ、重い積み荷を背負って苦しそうなロブソンら労働者の映像が現れ、「酒でも喰らえばムショ行きさ」では、酒場を追い出され投獄された場面をインサート。黒人差別を強調したい意図は分かるが、演出が説明的過ぎて興を削ぐ。また、薄幸感漂うモーガンの名唱〈あの人を~〉や〈ビル〉は聴き応え十分だが、全体的な歌唱レベルにおいても、1951年版に軍配が上がる。

■歌唱に完璧を求める

MGM版の公開時(1951年)に発売されたサントラ・レコード

MGM版の公開時(1951年)に発売されたサントラ・レコード

 3度目の映画版は、「巴里のアメリカ人」(1951年)を始め、数多くの傑作ミュージカル映画を生み出したMGMの製作。人種問題など作品の根幹の描写が甘くなった分、メロドラマ色を強調し、絢爛たる大作となった。主演は、オペラティックな唱法で鳴らした、ハワード・キール(ゲイロード)とキャスリン・グレイスン(マグノリア)のコンビ。達者なソング&ダンスを披露するマージ&ガワー・チャンピオン夫妻が、助演の芸人チームで花を添えた。堂々たる演唱で、感動的な〈オール・マン~〉を聴かせるウィリアム・ウォーフィールドも圧巻だ。

リハーサル中のマージ&ガワ―・チャンピオン。夫のガワ―・チャンピオンは、後にブロードウェイの振付・演出家として大成した。Photo Courtesy of Marge Champion

リハーサル中のマージ&ガワ―・チャンピオン。夫のガワ―・チャンピオンは、後にブロードウェイの振付・演出家として大成した。Photo Courtesy of Marge Champion

 そしてMGM版の白眉は、艶やかな魅力で映画をさらう、ジュリー役のエヴァ・ガードナーだろう。彼女は、ジュリーの持ち歌2曲を自分で歌うべく特訓を重ねた上に、当時交際していたフランク・シナトラ(後に結婚)のアドバイスも受け見事に上達。完成した映画で、その成果を披露するはずだった。しかし公開直前に、彼女の歌は、声質の似た歌手のアネット・ウォーレンに吹き替えられてしまう。私は、前述のマージ・チャンピオンに取材した際(今年101歳で御存命)、興味深い話を聞く事が出来た。

「当時の音楽スタッフやスタジオの首脳部は、主役級の歌唱に対しては厳しくてね。あまりにも完璧な歌唱を要求し過ぎたの。だからエヴァだけでなく、正式に声楽を学んだキャスリン・グレイスンの歌も、高音のパートが不安定だったら、プロのオペラ歌手に吹替えさせていたのよ」

エヴァ・ガードナー(1922~90年)。新作「モガンボ」(1953年)の宣伝で、シャンプーの雑誌広告に登場。代表作は他に「裸足の伯爵夫人」(1954年)など。

エヴァ・ガードナー(1922~90年)。新作「モガンボ」(1953年)の宣伝で、シャンプーの雑誌広告に登場。代表作は他に「裸足の伯爵夫人」(1954年)など。

■プリンス演出バージョン

 現在発売されている『ショウ・ボート』のサントラCDには、ガードナー自身の歌声と吹替え版の両方を収録。加えて、MGMミュージカルの名場面集「ザッツ・エンタテインメント PART 3」(1994年)では、ガードナーが歌う〈あの人を~〉が収録されているが、さすがに声量には欠けるものの、吹き替える必要などなかった立派なヴォーカルを聴かせる。DVDは、ワンコインの廉価版で簡単に入手可能だ。

現在発売中のMGM版サントラCDは、〈君こそは愛〉や〈何故あなたを愛す〉など、ハワード・キールとグレイスンの息の合ったデュオも聴きものだ(輸入盤かダウンロードで購入可)。

現在発売中のMGM版サントラCDは、〈君こそは愛〉や〈何故あなたを愛す〉など、ハワード・キールとグレイスンの息の合ったデュオも聴きものだ(輸入盤かダウンロードで購入可)。

 ブロードウェイでは、1927年の初演以降6回リバイバル。中でも有名なのが、ハロルド・プリンス演出、スーザン・ストローマン振付による1994年の再演版だ(ガーシュウィン劇場で、続演947回のロングランを記録)。大御所プリンスは、この大作を手堅くさばき、登場人物の個性が息づく活気あるプロダクションに仕立て上げた。時代の推移を、ダンスの流行の変遷で巧みに表現したストローマンの振付も秀逸。トニー賞では、最優秀リバイバル賞を始め、演出や振付賞など主要5部門で受賞を果たし、若い観客にも古典ミュージカルの素晴らしさを伝えた。

1994年再演版オリジナル・キャスト録音。マーク・ジャコビィ(ゲイロード)とレベッカ・ルーカー(マグノリア)らキャストが好唱で、改めて楽曲の美しさに唸る(輸入盤かダウンロードで購入可)。

1994年再演版オリジナル・キャスト録音。マーク・ジャコビィ(ゲイロード)とレベッカ・ルーカー(マグノリア)らキャストが好唱で、改めて楽曲の美しさに唸る(輸入盤かダウンロードで購入可)。

 また、2015年に日本でプレミア上演された、プリンスによるミュージカルの名場面集『プリンス・オブ・ブロードウェイ』(2年後にブロードウェイで限定公演)にも、『ショウ・ボート』のナンバーが挿入されていた。ちなみに日本では、1986年に宝塚歌劇団・雪組が、平みち(ゲイロード)、神奈美帆(マグノリア)、北斗ひかる(ジュリー)らの出演で初演。2015年には、プリンス演出版をベースに、オーバード・ホール(富山市芸術文化ホール)で、岡幸二郎(ゲイロード)、土居裕子(マグノリア)、剣幸(ジュリー)らのキャストで上演されている。

 VOL.4では、ブロードウェイだけでなく、ハリウッドも制覇した作詞作曲家アーヴィング・バーリンの業績を特集しよう。

『プリンス・オブ・ブロードウェイ』(2017年ブロードウェイ公演)より、『ショウ・ボート』のシークエンス。ブリヨーナ・マリー・パーハム(左)とケイリー・アン・ヴォーヒーズ  Photo by Matthew Murphy

『プリンス・オブ・ブロードウェイ』(2017年ブロードウェイ公演)より、『ショウ・ボート』のシークエンス。ブリヨーナ・マリー・パーハム(左)とケイリー・アン・ヴォーヒーズ  Photo by Matthew Murphy

ワッツ・オン・ブロードウェイ?~B’wayミュージカル非公式ガイド【2020年秋編】

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2020年3月13日に「4月12日まで」の閉鎖が発表されてから半年以上、ブロードウェイ再開のめどはまだ立たない。ウエストエンドでは――ここ数日ロンドンには深刻な第二波が来ているようなのでまた変わるかもしれないが――、『SIX』などいくつかの作品が、秋から客席数を減らして再開することを発表。しかしブロードウェイでは、前号の時点では「9月6日以降まで」だった閉鎖期間が、6月29日に「1月3日以降まで」に延長されてしまった。

明るいニュースといえば、延期されていた毎年6月のトニー賞が、“デジタルイベント”として秋に開催されると発表されたこと。今シーズンは新作が出揃う前に閉鎖期間に入ってしまったため、対象作品が極端に少なく、ミュージカルは『ムーラン・ルージュ!』『The Lightning Thief』『Tina:ザ・ティナ・ターナー・ミュージカル』『ジャグド・リトル・ピル』のみ(リバイバル部門に至ってはゼロ!)。果たして盛り上がるのだろうか……?と心配になるが、きっとトニー賞さんのこと、なんとか楽しくしてくれると信じて続報を待ちたい。

さて、しばらくは配信にスポットを当てようと思っていた本連載だが、頼みのBroadwayHDはラインナップが前号時点からほぼ変わらず、ほかのサブスクをパトロールしてみても、近々で目ぼしい作品が日本から観られる予定はない様子。新作『ダイアナ』が無観客収録からのNetflix配信を行うとの新展開に「お?」と思うも、2021年公開とまだ先の話だった。そんなわけで今回は頭を切り替え、来シーズンの新作に目を向けてみることとする。次号「冬編」では、再開発表のニュースを華々しくお届けできることを祈りながら――。

■伝記系ジュークボックスの新作『MJ』


 

来シーズンの詳しいラインナップは下記のリストをご覧いただくとして、個人的な注目作を三つ挙げるなら、まずは『MJ ザ・ミュージカル』。その名の通り、マイケル・ジャクソンの半生を彼の楽曲によって綴るジュークボックスものだ。伝記系ジュークボックスが量産され続ける現状には賛否両論あるが、筆者は何番煎じでもいいからどんどん作って欲しい、余談だが日本でも安室奈美恵ミュージカルとかそろそろどうですか?と思っている派。演出・振付がバレエ出身のクリストファー・ウィールドンと聞いた時こそ「ん?」と思ったものだが、公式YouTubeチャンネルに上がっている稽古動画を見る限りとてもイイ。楽しみだ。

■ヒュー様とサットンが夢の共演

映画版『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンとして、またトニー賞授賞式の常連司会者としておなじみ過ぎて忘れそうになるが、実はブロードウェイの舞台に立つ姿は観たことがないヒュー・ジャックマン。そして、『リトル・ウィメン』『モダン・ミリー(中止になったが…)』『ヴァイオレット』と、彼女がオリジナルキャストを務めた作品が立て続けに日本で上演されたことで、近ごろ改めてその力を痛感させられているサットン・フォスター。そんな二大スターがそろい踏みし、ほかにも豪華キャストが集う『ザ・ミュージックマン』リバイバルもやはり、絶対に観逃したくない作品だ。演出はリバイバルものに定評のあるジェリー・ザックス、振付はヒュー様の『バック・オン・ブロードウェイ』の演出・振付も手がけたウォーレン・カーライルと、クリエイティブ陣も盤石。チケット難は間違いないだろう。

■思い出の『トミー』リバイバルも!

中学生の時に観た初演の『トミー』は鮮烈で、主演俳優マイケル・サーヴェリスの名は、その妖しく繊細な演技とともに筆者の胸に深く刻まれた。刻まれたところで、ネットのない時代にその活躍を追い続けることはできなかったわけだが、10年以上経って偶然『スウィーニー・トッド』で再会した彼は大げさでなく別人(大人の俳優)になっており、さらに10年後、『ファン・ホーム』のお父さん役でトニー賞を獲得した。筆者にブロードウェイ通いを続ける楽しさを教えてくれた一人である彼のデビュー作『トミー』が来年、実に26年ぶりにリバイバルされるという。まだ詳細は発表されていないが、初演版の脚本・演出を手がけたデス・マカナフが自ら挑む新演出。今度は一体、どんなトミーが誕生するのだろうか?
 

【2020-2021シーズンの新作】

*情報は9月27日時点のもの

『1776』春に開始予定
1969年のトニー賞受賞作をD・パウラス演出でリバイバル。米国独立宣言の裏側を描く。
https://www.roundabouttheatre.org/get-tickets/2020-2021-season/1776/

『Caroline, or Change』春に開始予定
2004年のトニー賞ノミネート作品の、2018年にロンドンで好評を得たリバイバル版。
https://www.roundabouttheatre.org/get-tickets/2019-2020-season/caroline-or-change/

『Flying Over Sunset』春に開始予定
3人の著名人がLSD(当時は合法)を使用していた事実を元にJ・ラパインが創作する新作。
https://www.lct.org/shows/flying-over-sunset/


 

『MJ The Musical』3月8日開始予定
マイケル・ジャクソンの半生を『パリのアメリカ人』のC・ウィールドンの演出・振付で。
https://mjthemusical.com/

『ザ・ミュージックマン』4月7日開始予定
H・ジャックマンとS・フォスターが夢の共演。スタッフ陣も盤石で大ヒット確実!
https://musicmanonbroadway.com/

『シング・ストリート』冬~2022年に開始予定
同名のアイルランド映画(副題「未来へのうた」)の舞台化。オフでの好評を受けてBW入り。
https://singstreet.com/

『お熱いのがお好き』秋に開始予定
M・モンロー主演の名作映画をC・ニコロウ(『アラジン』)の演出・振付で舞台化。

『The Who’s Tommy』日程未定
中川晃教主演で日本でも上演されたロックオペラの新演出版。演出は再びD・マカナフ。

 

【2019-2020シーズンの新作】

■閉鎖前に開幕していた作品

『Girl From the North Country
ボブ・ディランの楽曲がちりばめられてはいるが、作りとしては完全にプレイ。要英語力。
https://northcountryonbroadway.com/

『Jagged Little Pill』
アラニス・モリセットの同名アルバムをミュージカル化。演出は『ピピン』のD・パウラス。
https://jaggedlittlepill.com/

『ムーラン・ルージュ!』
B・ラーマン監督映画をA・ティンバースが演出した話題作。ドラマデスク賞で5冠達成。
https://moulinrougemusical.com/

『Tina:ザ・ティナ・ターナー・ミュージカル』
ロンドンでの好評を受けてBW入り。オリヴィエ賞ノミネートの主演女優が続投!
https://tinaonbroadway.com/


 

『ウエスト・サイド・ストーリー』
ヴァン・ホーヴェ演出、ケースマイケル振付による大胆リバイバル。評判イマイチ…⁉
https://westsidestorybway.com/

 

■プレビュー中に閉鎖期間に入った作品

『カンパニー』
ソンドハイムの傑作コメディを『ウォーホース』の演出家でリバイバル。P・ルポンが出演。
https://companymusical.com/

 

『ダイアナ』
ダイアナ元妃の人生を『メンフィス』の作家と『カム・フロム・アウェイ』の演出家で。
https://thedianamusical.com/

『ミセス・ダウト』
同名映画を『サムシング・ロッテン!』の作家兄弟と売れっ子演出家J・ザックスが舞台化。
https://mrsdoubtfirebroadway.com/

『SIX: The Musical』
ロンドンで大ヒット。ヘンリー8世の6人の妻がガールズパワーを炸裂させる痛快作!
https://sixonbroadway.com/
 

【ロングラン作品】

■日本で既に上演された/されている作品

『アラジン』
ディズニーアニメが舞台ならではの手法で表現された秀作。魔法の絨毯は本当に魔法。
https://www.aladdinthemusical.com/

『シカゴ』
『オペラ座の怪人』に次ぐロングラン記録を更新中の名物作。出来は割とキャスト次第。
https://chicagothemusical.com/

『ライオンキング』
開幕から20年以上経つというのに、未だ入場率がほぼ毎週100%を超える大ヒット作。
https://www.lionking.com/

『オペラ座の怪人』
言わずと知れた世界的メガヒット作。圧倒的な知名度ゆえ、劇場では日本人に遭遇しがち。
http://www.thephantomoftheopera.com/

『ウィキッド』
開幕から15年が経ち、ようやくチケットに多少の余裕が。定期的に観たい傑作。
https://wickedthemusical.com/

■日本未上演の作品

『Ain’t Too Proud』
『ジャージー・ボーイズ』のチームが描くテンプテーションズの軌跡。二番煎じだが良い。
https://www.ainttooproudmusical.com/

『ブック・オブ・モルモン』
日本では永遠に上演されなさそうだが超絶面白い。モルモン教だけwikiで調べて観るべし。
https://bookofmormonbroadway.com/

『カム・フロム・アウェイ』
「911」の日、カナダの小さな町に起こった実話をシンプルだが力強い演出で描く感動作。
https://comefromaway.com/

『ディア・エヴァン・ハンセン』
深遠なテーマをスタイリッシュに描く、2017年のトニー賞受賞作。絶対日本でやると思う。
https://dearevanhansen.com/

『Hadestown』
『グレコメ』の演出家が現代的に描くギリシャ神話。2019年のトニー賞で8冠を達成。
https://www.hadestown.com/

『ハミルトン』
チケット超入手困難なモンスター級ヒット作。ディズニー+で配信中(英語音声のみ)。
https://hamiltonmusical.com/

『ミーン・ガールズ』
同名映画の舞台化。なぜか人気。アメリカ的なノリについていける自信があればどうぞ。
https://meangirlsonbroadway.com/

ブロードウェイ・ミュージカル『The PROM』を地球ゴージャスが2021年に上演~葵わかな 三吉彩花ら出演

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ブロードウェイ・ミュージカル『The PROM』が2021年春、日本人キャストにより東京と大阪で上演される。本作は2018年にブロードウェイで開幕、2019年にはトニー賞6部門にノミネートされ話題となった。さらに本年2020年12月にはメリル・ストリープ、ニコール・キッドマンという豪華な顔合わせでNetflixにて映像化もされる注目作品だ。

日本での初公演は、結成25周年を迎えた、岸谷五朗・寺脇康文による演劇ユニット「地球ゴージャス」が、新たなスタートに相応しく、ユニット初の海外作品として、葵わかな、三吉彩花ら豪華俳優陣を迎えて上演する。2019年にブロードウェイで本作を観劇した岸谷五朗が作品に惚れ込んだことが、今回の上演のきっかけとなった。

この物語は、LGBTQのティーンエイジャーが自分らしい生き方を貫く話だ。LGBTQの高校生エマが、同性のパートナーとプロムに参加することを表明したために、そのことを反対したPTAによりプロム自体が中止となり、インディアナの小さな町が大騒ぎに。これがメディアによって報道されアメリカ中の注目を集めると、落ち目のブロードウェイの俳優たちが彼女たちを応援するという名目で自分たちのイメージアップを図ろうと、その田舎町に乗り込んできて町をさらなる大混乱に陥らせる。突然現れた彼らに振り回されるエマだが、やがて自分のアイデンティティを見つけて行く……。現代社会が抱える問題をテーマにしつつ、同時にニューヨークの独りよがりなブロードウェイスターたちの成長をも綴っていく。「他人を受け入れる」こと、「寛容であること」の大切さがハッピーな興奮とともに感じられるハートフルなミュージカルなのだ。

主人公エマを演じるのは、NHK連続テレビ小説『わろてんか』でヒロインを務め、さらにミュージカル『ロミオとジュリエット』ではジュリエット、ミュージカル『アナスタシア』では主演・アーニャ役を演じたミュージカル界期待の星、葵わかな。その恋人アリッサには、モデルとして同世代の圧倒的な支持を集め、昨年のミュージカル映画での主演も記憶に新しい、三吉彩花がキャスティングされた。

さらに、二人を支えるキャスト陣も豪華だ。今作が初舞台であり演技初挑戦となる日本を代表するトップアーティスト大黒摩季、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ数々の受賞歴を持つ国内屈指の実力派女優・草刈民代、元劇団四季看板女優で退団後もミュージカル界にその存在感を残し続ける保坂知寿が、ブロードウェイスターのD.Dアレンをトリプルキャストで務める。更に、元宝塚劇団月組トップスター霧矢大夢。伸びる歌声が魅力的なLE VELVETSの佐賀龍彦と、観客を虜にする歌声と世界観を持つSkoop On SomebodyのボーカリストTAKEによるダブルキャストも興味深い。もちろん、岸谷五朗・寺脇康文も出演。

演出を手掛けるのは、地球ゴージャス主宰の岸谷五朗。近年翻訳作品の演出での評価も高く、満を持して自身のユニット初のブロードウェイミュージカルに挑む。

アメリカではブロードウェイスターたちの傍若無人な行動で劇場を大爆笑に巻き込んだ本作。地球ゴージャスのお家芸というべき華やかなエンタテインメントやコメディを、岸谷がいかに作品のテーマと両立させて創り上げていくのか、期待したい。

出演者たちから届いたコメントを以下に紹介する。

■葵わかなコメント

今回初めて地球ゴージャスに参加させていただけること、このお話に関われること、とても光栄に思います。
演出の岸谷さんはじめとする共演者のみなさんとお稽古させていただく中で、どんなエネルギーが生まれるのか、今からとてもワクワクしています。
私が演じるエマは、同性愛者の自分自身や恋人の幸せな時間を願って、行動を起こします。うまくいかずに傷つくこともあるけれど、それでも応援してくれる仲間と出会えたことで、希望を持つ事ができます。
この作品を通してエマの中で一貫していると感じたのは、いつでも自分を誇りに思っているという事です。
そんな風に、かっこいいくらいに優しいエマの思いに寄り添いながら、精一杯務めていきたいです。
公演は来年になりますが、ぜひ観に来ていただけたら嬉しいです。

■三吉彩花コメント

お話を伺った時、口が開いたまま暫く瞬きが出来ないくらい嬉しかった事を覚えています。
それも「The PROM」という性の多様性を題材にしたブロードウェイ作品。
プレッシャーを感じておりますが、生き生きとした三吉彩花を皆様にお見せできるように。そして男女という壁にとらわれず、ありのままの自分でいることの素晴らしさを皆様に伝えられるように、チームの力をお借りしながら精進して参ります!是非、楽しみにして頂けたら嬉しいです。

■岸谷五朗コメント

今年、10万人のお客様に観劇いただけなかった25周年祝祭公演。 
あの無念を心に、地球ゴージャスが満身創痍の中お贈りする新作は初のBroadway Musical! 
しかも!2019年度のトニー賞候補作品。 
しかも!世界初の海外プロダクション公演。 
しかも!Netflix版が完成した直後に日本での舞台公演! 

2019年、実際にBroadwayで観劇してから日本で絶対に公演をしたいと思った作品です。コロナを吹き飛ばすには最高の演目、骨太なテーマに巧みな登場人物。Broadwayならではのコメディーセンスと最上級のダンス・ナンバー! 
ゴージャスがゴージャスにBroadwayを料理する、大ミュージカルになるでしょう!乞うご期待下さい。

■寺脇康文コメント

今回のキーワードは、「リベンジ&チャレンジ!」そう、リベンジ。悔しかった。25周年祝祭公演が8公演しか出来ず、皆さんとの貴重な共有時間が奪われてしまった!その想いを胸に、皆さんでリベンジしましょう!
そして、チャレンジ。
地球ゴージャス初のブロードウェイ作品への挑戦!ゴージャスパワーとの化学反応へチャレンジします!
そして今回も、豪華キャストが集ってくれました。劇場でお待ちしております。皆さんと共に前へ!

安野モヨコ原作の「鼻下長紳士回顧録」をN.Y.ブロードウェイでミュージカル化 演出・振付はトニー賞振付賞を受賞したロブ・アシュフォード

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安野モヨコ原作の漫画「鼻下長紳士回顧録」を、アメリカでミュージカル上演するプロジェクトが開始したことが発表された。

本プロジェクトは、世界で活躍するトップクリエイターと共に、日本のコンテンツを原作として、英語によるミュージカルを企画開発・製作するもの。メモワール・オブ・ジェントルメン有限責任事業組合によるプロジェクトで、ニューヨークでスタートさせた。ニューヨーク、ブロードウェイにおける上演、さらに世界公演を目指しての作品として選ばれたのは、安野モヨコによる漫画「鼻下長紳士回顧録」だ。

「鼻下長紳士回顧録」は、安野モヨコの5年8か月ぶりの作品として、2013年に祥伝社「FEEL YOUNG」で連載が始まり、2018年に完結。20世紀初頭、フランス・パリの娼館を舞台にしており、画の美しさと人間の裏と表を表現した安野モヨコワールドが満載の本作品は、女性のみならず男性ファンも多く、2020年の第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門 優秀賞受賞を受賞した。

美しくも切ない安野モヨコワールドを、ニューヨークミュージカル界のトップクリエイターたちが、日本漫画原作初のブロードウェイミュージカル化に挑戦する。

演出、振付を手がけるのは、ニューヨークのブロードウェイ、ロンドンのウェストエンドで活躍するロブ・アシュフォード。ミュージカル『モダン・ミリー』(2002年トニー賞作品賞他5部門受賞大ヒットミュージカル)で、トニー賞振付賞を受賞。これまでにブロードウェイミュージカ『FROZEN(アナと雪の女王)』『エビータ』『カーテンズ』『ウェディング・シンガー』など11作品の振付を担当。 ロンドンでは、ローレンス・オリビエ賞を受賞した『ロミオとジュリエット』『パレード』『欲望という名の電車』等に振付として参加。
映画では、『シンデレラ』『テッド2』『オリエント急行殺人事件』等の振付を担当した他、 現在、 映画化が進められているトニー賞受賞ミュージカル『サンセット大通り』(『キャッツ』『オペラ座の怪人』『エビータ』作曲のアンドリュー・ロイド・ウェーバー作品)の監督を務めている。

総合プロデューサーを務めるのは瀧内泉。NHKアナウンサー、劇団四季プロデューサー、ソニー株式会社プロデューサー等を経て、日本の作品を日本人の手で世界に展開することを目標に、現在はニューヨークにて本プロジェクトをリードしている。
瀧内をサポートするニューヨーク、ブロードウェイのゼネラルマネージャー(GM)にデヴィン・クーデル。ミュージカル『ビートルジュース』『スクール・オブ・ロック』『トッツィー』を始め、現在は2021年に開幕予定のマイケル・ジャクソン伝記ミュージカル『MJ THE MUSICAL』を手がけるブロードウェイミュージカル制作のベテランだ。本プロジェクトは作曲家(後日発表)による曲作りが始まっていて、現在は脚本家の選定が進行している。

日本のコンテンツをニューヨークでミュージカル化、さらに世界に展開しようという、これまでに無かったプロジェクトの続報に期待しよう。

【「鼻下長紳士回顧録」あらすじ】
20世紀初頭、フランス・パリ。売春宿で働くコレットは、訪れる“変態”的な欲望を抱えた紳士たちを相手に、出口の見えない生活を送っていた。彼女の唯一の幸せは、どうしようもなく惹かれてしまうヒモ男、レオンとの逢瀬の時間。たとえ、彼がコレット以外の女のもとへ通っているとしても ……。
「変態とは、 目を閉じて花びんの形を両手で確かめるように、 自分の欲望の輪郭をなぞり、 その正確な形をつきとめた人達のことである……」
一人の女性が明日への希望を紡ぎ、 生きる喜びを発見する物語。


安野モヨコ コメント

この度は、日本の漫画原作として、初めてのブロードウェイミュージカル化を目指すプロジェクトに、「鼻下長紳士回顧録」が選ばれ、大変光栄に思います。
元々、自分が好きだった20世紀初頭のパリを舞台とし、日本で描いた作品が、アメリカでミュージカル劇となり、多くの人を魅了するかもしれないと思うと、改めてマンガというものの可能性に気づかされるとともに、少しだけ不思議な気持ちになります。
作品の世界観がどのように現実化するのか、楽しみにしております。

ロブ・アシュフォード コメント

ロブ・アシュフォード

ロブ・アシュフォード

私は「鼻下長紳士回顧録」が大好きです。
この作品は、とにかく美しい。登場人物は力強く鮮やかで、ストーリーは驚きの連続です。主人公のコレットは、絶望的な現実をノートに記し、自分を救う物語として書き換え、自らを救おうとする。そこには「自分の人生は自分で切り開くしかない」という、現代において素晴らしい教訓があります。
この物語の時代や設定はとてもミュージカルに向いています。作品が持つ様々な魅力が合わさった結果、 素晴らしいミュージカルになると確信しています。
私はかつて日本で仕事をした時、日本の風土、人々をはじめ、日本に恋をしました。
今回、日本の作品「鼻下長紳士回顧録」に関わることができ、心から誇らしく嬉しく思います。

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」 VOL.4〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 1)

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆VOL.4〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 1) 

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 
 

■アメリカが愛した国民的ソングライター

 VOL.3で紹介した、1927年初演の『ショウ・ボート』。しっかりした脚本を元に、シリアスな人種問題に取り組み、ブロードウェイ・ミュージカルの礎を築いた。しかし、その後もこのタイプの作品が続いたかと言えば、さにあらず(『ウエスト・サイド・ストーリー』の登場は、30年も後だ)。1920年代後半~30年代のブロードウェイは、エンタテインメントに徹したレビューやミュージカル・コメディーが幅を利かせた。その中で、ソングライターとして名を上げたのが、今回紹介するアーヴィング・バーリン(1888~1989年)だ。バーリンの名は知らなくても、最大のヒット曲〈ホワイト・クリスマス〉は、毎年誰もが耳にしているだろう。彼は、ブロードウェイとハリウッドを制覇した作詞作曲家だった。

〈ホワイト・クリスマス〉を映画で創唱した、ビング・クロスビーのレコードは日本でも広く親しまれた。

〈ホワイト・クリスマス〉を映画で創唱した、ビング・クロスビーのレコードは日本でも広く親しまれた。

 

 かつて『ショウ・ボート』の作曲家ジェローム・カーンが、アメリカの音楽史におけるバーリンの位置付けを問われ、こう答えた。「バーリンに位置付けは不要。彼が、アメリカ音楽そのものだからだ」。これでお分かりのように、バーリンはアメリカの楽天性を象徴する、明朗でキャッチーな楽曲を量産。近年では、レディー・ガガと大御所トニー・ベネットのデュエットで話題になった〈チーク・トゥ・チーク〉を始め、今なお頻繁にカバーされているスタンダード〈ブルー・スカイ〉、胸弾むショウビズ賛歌〈ショウほど素敵な商売はない〉など、人々の心を鼓舞する名曲で一世を風靡したソングライターだった。

新天地で放った大ヒット

 1888年(明治21年)生まれというと太古の人物のようだが、亡くなったのが1989年(平成元年)。バーリンは、没年齢101歳と長命だった。生まれは、帝政ロシア時代のシベリア西部(生地は諸説あり)。ロシア系ユダヤ人を両親に持つバーリンは、後の傑作ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』(1964年)で描かれるように、ユダヤ人迫害から逃れるため、家族と共に5歳の時渡米する。一家が暮らしたのは、貧しい移民たちが集うNYのロウワー・イースト・サイドだった。ところが、彼が13歳の時に父親が死去。赤貧の中、バーリン少年は盛り場で給士の職に就き、チップ稼ぎのために得意の歌を披露した。

バーリン一家が暮らした、NYのロウワー・イースト・サイド界隈(1910年頃)。移民たちが行き交い、活気あふれる街の様子が見てとれる。

バーリン一家が暮らした、NYのロウワー・イースト・サイド界隈(1910年頃)。移民たちが行き交い、活気あふれる街の様子が見てとれる。

 

 やがて音楽好きが高じ、自作の歌を創り始めた彼の初ヒットとなった曲が、1911年に発表した〈アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド〉。「さあさおいで、聴きなよアレグザンダーのラグタイム・バンド」で始まる調子の良い歌詞と、底抜けに明朗な旋律は、たちまち大人気を博した。ただし当時はラジオ出現前。人々は楽譜を購入し、家庭用の小型ピアノを弾きながら家族で唱和したのだ(同年にレコードでも販売)。加えて、アメリカ全土を席巻していた社交ダンス熱も手伝い、老若男女がこのナンバーに乗って踊りまくった。アマチュアのダンサーにとって、バーリンのシンプル極まりないメロディーが踊りやすかった事は言うまでもない。

〈アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド〉の楽譜

〈アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド〉の楽譜

 

■万人の心を捉えるセンチメンタリズム

 「シンプル」。バーリンの楽曲を表すのに、これ以上に相応しい言葉はないだろう。苦労の末に成功を手にした彼の信条は、「大衆のために、誰もが憶えやすい平易な曲を書く」。生涯に1,500曲以上を手掛けたバーリンは、このモットーを終生遵守した。そして特筆すべきは、〈アレグザンダーズ~〉はもちろん、発表されてから70~100年を経ても、彼の楽曲は躍動感を全く失っていない事。生命力が強いのだ。

バーリンの曲をふんだんに使った映画「世紀の楽団」(1938年)の宣伝用写真。左からバーリン、主演のアリス・フェイ、タイロン・パワー、ドン・アメチ。映画の原題は「アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド」。

バーリンの曲をふんだんに使った映画「世紀の楽団」(1938年)の宣伝用写真。左からバーリン、主演のアリス・フェイ、タイロン・パワー、ドン・アメチ。映画の原題は「アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド」。

 

 また経済的理由から、正規の音楽教育を受ける余裕がなかったバーリンは、譜面の読み書きが出来ず、彼が曲を完成させてピアノで演奏すると、専任の採譜師が書き取るスタイルを貫いた。バーリンに憧れてソングライターを志したのが、『ハロー・ドーリー!』(1964年)や『ラ・カージュ・オ・フォール』(1983年)のジェリー・ハーマン。シンプルかつ親しみ易い作風を受け継ぎ、「次世代のバーリン」と称えられた。以前氏に取材した際、その評価について尋ねると、「これ以上の栄誉はありませんよ」と心底嬉しそうだったのを思い出す。ちなみにハーマンも、譜面の読み書きが出来ない「採譜師お願い型」。2人の楽曲には、手作り感溢れる曲調が共通しているのも面白い。

女性ジャズ歌手の最高峰エラ・フィツジェラルドが、1958年に吹き込んだ「アーヴィング・バーリン・ソングブック」(2枚組)。軽快にスウィングするナンバーからバラードまで名唱揃いだ(輸入盤CD)。

女性ジャズ歌手の最高峰エラ・フィツジェラルドが、1958年に吹き込んだ「アーヴィング・バーリン・ソングブック」(2枚組)。軽快にスウィングするナンバーからバラードまで名唱揃いだ(輸入盤CD)。

 

 さらに、バーリン楽曲の大きな特徴がセンチメンタリズムだ。その好例が〈ホワイト・クリスマス〉。永遠不滅のこのナンバーが初めて歌われたのが、映画「スイング・ホテル」だった。アメリカでの公開は、第二次世界大戦中の1942年。「私は、昔懐かしい白銀のクリスマスを夢に見る。木々のてっぺんが雪に煌めき、子供たちはそりの音に耳澄ます」と歌われる歌詞が、海外の戦地で戦う兵士たちの心に響き郷愁を誘ったのだ。

映画「スイング・ホテル」(1942年)で、〈ホワイト・クリスマス〉を歌うビング・クロスビー(左)と、共演のマジョリー・レイノルズ(DVDは、ワンコインの廉価版で入手可)。

映画「スイング・ホテル」(1942年)で、〈ホワイト・クリスマス〉を歌うビング・クロスビー(左)と、共演のマジョリー・レイノルズ(DVDは、ワンコインの廉価版で入手可)。

 

■ショウほど素敵な商売はない

 本連載のVOL.2でも紹介したように、ブロードウェイでは1910年代半ばから、興行師ジーグフェルドがプロデュースしたレビューに新曲を書き下ろす。その後、バーリン最長のロングランにして代表作となったのが、1946年初演の『アニーよ銃をとれ』(続演回数1,147回)。実在の女性射撃王アニー・オークリーをヒロインに、射撃ショウの二枚目スター、フランク・バトラーとの恋の顛末を描くミュージカル・コメディーだ。アニーは、女性の社会進出が盛んではなかった19世紀に、一枚看板のスターとして一座を率いた稀有な存在だった。

 初演でアニーを演じたのがエセル・マーマン。宮本亞門の演出家デビュー作『アイ・ガット・マーマン』(1987年初演)で、日本のミュージカル・ファンにも広く知られるようになったミュージカル女優で、豊かな声量をフルに駆使し、朗々と歌い上げる唱法で鳴らした。

『アニーよ銃をとれ』初演(1946年)の舞台より。アニーを演じたエセル・マーマン(左)と、フランク役のレイ・ミドルトン

『アニーよ銃をとれ』初演(1946年)の舞台より。アニーを演じたエセル・マーマン(左)と、フランク役のレイ・ミドルトン

 

 本作は、「バーリンのベスト」の評価通り名曲揃いで、中でも〈ショウほど素敵な商売はない〉が圧巻だ。これは、フランクらがショウ・ビジネスの世界で働く醍醐味と辛苦を歌いながら、射撃自慢のアニーを西部巡業の一座へと勧誘する、聴くたびに心躍る傑作ナンバー。今や「ショウビズ界の国歌」の呼び声も高い。他にも、アニーの天衣無縫な個性を生かした〈自然のままに〉や〈鉄砲じゃ男は捕まらない〉など、楽しい曲が満載だ。一語一語を大きな声で、明瞭に発音するマーマンの歌唱スタイルが、これら陽性の楽曲を一層際立たせている。また前述のハーマンが、ブロードウェイの作詞作曲家を目指すきっかけとなったのが、この作品だった。

 マーマンは後年、1966年の再演版でも主演。当時58歳というのが信じられぬほど、張りのあるダイナミックな歌声を聴かせた。その際に録音されたオリジナル・キャスト盤は、ブロードウェイ・ミュージカルへの入門篇に最適な究極の名盤。必聴だ。

1966年再演版CD。バーリンはこの公演のために、新曲〈昔ながらの結婚式〉を書き下ろした(輸入盤)。

1966年再演版CD。バーリンはこの公演のために、新曲〈昔ながらの結婚式〉を書き下ろした(輸入盤)。

 

 Part 2では、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャーズ主演の「トップ・ハット」(1935年)や、アステアとジュディ・ガーランド主演の「イースター・パレード」(1948年)など、全編バーリンの楽曲で彩られたミュージカル映画と共に、その魅力を深堀りしよう。

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」 VOL.5〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 2)

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆VOL.5〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 2)

                    文=中島薫(音楽評論家)text by Kaoru Nakajima

 ブロードウェイとハリウッドで活躍した、アメリカの国民的作詞作曲家アーヴィング・バーリン(1888~1989年)。Part 2ではハリウッドでの仕事に的を絞り、彼の楽曲をふんだんに使ったミュージカル映画から、現在DVDやブルーレイで入手出来る5作品をピックアップしよう。

■「トップ・ハット」

 ブロードウェイで名声を高めたバーリンが、ミュージカル映画に全曲オリジナル楽曲を書き下ろした最初の作品(上は、アメリカ初公開時のポスター)。フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャーズの主演作だ。2人がタップ合戦を繰り広げながら心を通わせる〈素敵な日だね?〉や、アステアの甘い歌声に乗せて優雅に踊る〈チーク・トゥ・チーク〉は、スタンダードとなった名曲だ。ダンスの天才技だけでなく、正確なテンポで歌詞を明瞭に発音するアステアは、Part 1で取り上げたエセル・マーマンと共に、バーリンお気に入りのヴォーカリストだった。

フレッド・アステア(右)とジンジャー・ロジャーズ。ハリウッド・ミュージカルを代表する名コンビだ(DVDとブルーレイは、アイ・ヴィー・シーよりリリース)。

フレッド・アステア(右)とジンジャー・ロジャーズ。ハリウッド・ミュージカルを代表する名コンビだ(DVDとブルーレイは、アイ・ヴィー・シーよりリリース)。

 それにしてもアステアのダンスは、「至芸」の一言に尽きる。映画巻頭で、ホテルの部屋で派手にタップを踏む〈ノー・ストリングス〉や、男性ダンサーの群舞を従えた彼が、黒燕尾でさっそうと踊りまくるタイトル曲〈トップ・ハット〉は必見。凝りに凝った振付も秀逸で、当時30代半ばだったアステアの、きびきびと闊達な踊りに驚愕する事請け合いだ。

■「イースター・パレード」(1948年)

「イースター・パレード」(1948年)撮影中のスナップ・ショット。左からアーヴィング・バーリン、ジュディ・ガーランド、アステア Photo Courtesy of Scott Brogan

「イースター・パレード」(1948年)撮影中のスナップ・ショット。左からアーヴィング・バーリン、ジュディ・ガーランド、アステア Photo Courtesy of Scott Brogan

 こちらはタイトル曲〈イースター・パレード〉など、バーリンの既成曲と新曲をたっぷり盛り込んだ一篇だ。主演はアステアと、「ジュディ 虹の彼方に」(2019年)で、その凄絶な人生が明らかになったジュディ・ガーランド。軽妙洒脱なアステアと、熱演型のガーランドの相性は意外や抜群で、何とも楽しい快作に仕上がった。

DVDとブルーレイは、ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース

DVDとブルーレイは、ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース

 〈アイ・ラヴ・ア・ピアノ〉や〈アラバマ行きの夜汽車が出る時〉などバーリンの名曲を歌い踊るアステアとガーランド。アメリカのショウビズを代表する、2人の天才の素晴らしさは筆舌尽くし難い。ガーランドは、撮影時すでに薬物の過剰摂取で不安定な状態だったが、アステアとの共演という緊張感が彼女を変えたのだろう。充実した歌と踊りでアステアに応えている。バーリンが書き下ろした新曲も、〈君と踊る時にだけ〉や〈ステッピン・アウト・ウィズ・マイ・ベイビー〉など佳曲揃い。特に、アステアが神業的ダンスを披露する後者は本作の白眉だ。

■「アニーよ銃をとれ」(1950年)

 Part 1でも取り上げた、ブロードウェイにおけるバーリンの最高傑作は1950年に映画化。当初はガーランドの主演で撮影が開始されたものの、2曲ほど撮り終えた後に神経衰弱が悪化し、降板を余儀なくされる。代役は、彼女と同様に熱唱タイプのベティ・ハットンが務めたが、これは大正解だった。胸のすくような爽快なパフォーマンスで映画をさらったのだ。

アニー役で絶賛を浴びたベティ・ハットン(予告篇より)

アニー役で絶賛を浴びたベティ・ハットン(予告篇より)

 舞台版でアニーを演じたエセル・マーマンが女傑タイプだったのに対し、ハットンはコメディエンヌ色を強調。小柄な身体でちょこまかと動き回る、キュートなアニー像を創り出した。特筆すべきは歌だ。「お口を大きく開けて、お腹の底から声を出す」というミュージカル唱法の基本が生きるパワフルな歌唱が見事。〈自然のままに〉や〈鉄砲じゃ男は捕まらない〉、〈朝に太陽〉などは、バーリン楽曲の魅力を改めて実感出来る名唱だ。共演は、バリトンの美声で鳴らしたハワード・キール。好演だが、ハットンの前ではさすがに影が薄い。

DVDはワーナー・ホーム・ビデオよりリリース

DVDはワーナー・ホーム・ビデオよりリリース

「ショウほど素敵な商売はない」(1954年)

映画公開時に発売されたサントラLP(CDは輸入盤で入手可)

映画公開時に発売されたサントラLP(CDは輸入盤で入手可)

 ヴォードヴィルの舞台で活躍した、芸人一家の悲喜こもごもを描く物語。マリリン・モンローの出演作として知られるが、彼女はあくまでも助演だ。主演のマーマンを筆頭に、舞台で鍛え上げたソング&ダンスマンのダン・デイリーにドナルド・オコナー、溌剌とした踊りが眩いミッツィ・ゲイナーら、芸達者なエンタテイナーたちのパフォーマンスが正にてんこ盛り。満腹を通り越して、胃拡張を起こすほどバーリン・ソングを堪能出来る。

予告篇より、〈ショウほど素敵な商売はない〉を絶唱するエセル・マーマン(DVDとブルーレイは、20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパンよりリリース)

予告篇より、〈ショウほど素敵な商売はない〉を絶唱するエセル・マーマン(DVDとブルーレイは、20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパンよりリリース)

 マーマンとデイリー、オコナーにゲイナーらが賑やかに歌い踊る、〈アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド〉が圧巻。アルプスやアイルランド民謡風からパリのレヴュー・スタイルまで、編曲と振付を変え見せ場を作り、無数のダンサーを絡めた大スケールのステージングに息を呑む。また『アニーよ~』でマーマンが歌い、生涯の十八番となった〈ショウほど素敵な商売はない〉を、終幕近くで彼女が堂々と歌い上げるシーンは、何度観ても感動的だ。

■「ホワイト・クリスマス」(1954年)

 そしてラストは、このシーズンに相応しい一作。1942年公開の「スイング・ホテル」でビング・クロスビーが歌い、以来クリスマスの定番曲になった〈ホワイト・クリスマス〉を軸に制作された。名歌手クロスビーに加え、コメディアンのダニー・ケイ、人気歌手ローズマリー・クルーニー(ジョージ・クルーニーの叔母)、キレの良いダンスで鳴らしたヴェラ=エレンと、こちらも豪華キャストだ。

〈ブルー・スカイ〉を歌う、主演のビング・クロスビー(左)とダニー・ケイ

〈ブルー・スカイ〉を歌う、主演のビング・クロスビー(左)とダニー・ケイ

 第二次大戦中に世話になった上官のために、芸人チームの2人(クロスビーとケイ)が一肌脱ぐという物語は噴飯モノ(原案はバーリン。愛国心が強かった彼は、この手の話が好きだった)。だが、バーリンの旧曲新曲取り混ぜたミュージカル・ナンバーは凄い。まず巻頭で、クロスビーがしんみりと歌う〈ホワイト・クリスマス〉が絶品。ケイとヴェラ=エレンが流麗に踊る、〈素敵な事は踊っている時に起きる〉も美しい。ブロードウェイ出身のケイは歌と踊りにも長けており、その多才さに舌を巻く。昔のショウビズ界は、稀有な才能と個性に溢れていた。

DVDとブルーレイは、パラマウント・ピクチャーズよりリリース

DVDとブルーレイは、パラマウント・ピクチャーズよりリリース

 加えて、「スイング・ホテル」は2016年にブロードウェイで舞台化された。その公演を、映画館での上映やオンデマンド配信用に劇場で録画されたものが、2020年11月25日(水)にWOWOWから放映される。タイトルは、映画の原題に倣って『ホリデイ・イン』。華やかなダンス・ナンバーが楽しい娯楽作だ。お見逃しなく!(詳細は下記放送情報参照)

■バーリン楽曲よ永遠に

 この後1963年に、バーリンの自伝的映画「Say It With Music(想う心は音楽で)」が企画された。主演はアステアにフランク・シナトラ、ガーランドやジュリー・アンドリュースら大スターが候補に挙がり、バーリンは新曲を提供。しかし脚本を何稿か重ねた後、撮影入りする事なく1960年代末に頓挫した。ハリウッドの大作ミュージカル映画が観客に飽きられ、興行不振が続いた時期と重なってしまったのだ。

 以降ブロードウェイでは、『アニーよ~』の再演(1966年)に新曲を書き下ろした後、隠遁生活に入り、1989年に101歳で大往生。大衆路線を貫いたバーリンは、アメリカでさえ、ジョージ・ガーシュウィンやコール・ポーターと比べて評価が低いのは残念だが、その楽曲は永遠に歌い継がれるだろう。彼の歌のタイトルが物語るように、〈The Song Is Ended But The Melody Lingers On〉。歌は終われど、メロディーは残る。

 VOL.6は、バーリンの曲も数多く創唱した、ブロードウェイ草創期の大スターにして、アメリカにおけるエンタテイナーの開祖アル・ジョルスンの特集だ。

文=中島薫

葵わかな、三吉彩花ら出演の『The PROM』 アメリカの卒業ダンスパーティをイメージした、キュートなビジュアルが公開

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2021年3~4月東京・TBS赤坂ACTシアター、2021年5月大阪・フェスティバルホールにて上演される、「Broadway Musical『The PROM』Produced by 地球ゴージャス」。本公演のビジュアル、そして公演スケジュールが公開となった。

本作は、2018年にブロードウェイで開幕し、2019年にはトニー賞7部門にノミネートされ大きな話題となり、2020年12月には、メリル・ストリープ、ニコール・キッドマンという豪華な顔合わせでNetflixにて映像化もされる。世界的にも注目を集めている、『The PROM』が早くも日本版として初上演する。

物語の舞台は、アメリカの高校で、卒業生のために開かれるダンスパーティ“プロム”。レズビアンの主人公エマが、様々な人たちとの触れ合いにより、“自分らしく生きる”ことを貫こうと奮闘する姿が描かれる。エマの元に現れる、落ちぶれかけたブロードウェイスター4人の傍若無人な行動に、劇場は笑いの渦に巻き込まれ、ブロードウェイらしい華やかな音楽とダンスシーンに、誰もが手拍子をしたくなるようなハッピーミュージカルとなっている。

日本初演にあたり、主要キャストには豪華な顔ぶれがそろった。主人公エマを演じるのは葵わかな、さらにエマの恋人アリッサを演じるのは三吉彩花

さらにブロードウェイスターのD.D.アレンを、大黒摩季草刈民代保坂知寿がトリプルキャストで、夢をあきらめたばかりのミュージカル女優アンジー・ディクソンを霧矢大夢が、エマとアリッサの通う高校のホーキンス校長をLE VELVETSの佐賀龍彦、Skoop on SomebodyのTAKEがダブルキャストで演じる。そして、自身もプロムに行けなかった過去をもつブロードウェイの俳優バリー・グリックマンを岸谷五朗が、鳴かず飛ばずのミュージカル役者トレント・オリバーを寺脇康文が務める。

公開された公演ビジュアルは、プロムのパーティ感を演出しつつ、本場ブロードウェイの空気感を感じさせる、賑やかで華やかなもの。今年、結成25周年を迎えた地球ゴージャスが初の海外作品に挑戦する本公演に注目しよう。

なお、日程は2021年3月10日(水)~4月13日(火)東京・TBS赤坂ACTシアター、5月9日(日)~5月16日(日)大阪・フェスティバルホールにて上演。

【あらすじ】
アメリカの高校で、卒業生たちのために開かれるダンスパーティ“プロム”。
インディアナ州の高校に通うエマ(葵わかな)は、同性の恋人アリッサ(三吉彩花)とプロムに参加しようとするが、多様性を受け入れられないPTAが、プロムを中止にしてしまう。それが原因でエマはいじめを受けていた……そこに、落ちぶれかけたブロードウェイスターたち(D.D.アレン、アンジー、バリー、トレント)が騒動を知り、自分たちの話題作りのために、エマを助けに街へやってきたのだがー。

 


「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」 VOL.6 クセがすごい伝説のエンタテイナーの話

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆VOL.6 クセがすごい伝説のエンタテイナーの話

文=中島薫(音楽評論家)text by Kaoru Nakajima

■お楽しみはこれからだ!

 本連載のVOL.1で紹介したミンストレル・ショウ。1800年代中盤から1900年代初頭にかけて、全米各地で上演されたエンタテインメントの形態で、白人の芸人が顔を黒く塗り黒人に扮し、彼ら独特のリズムや所作を真似て、ソング&ダンスやコント風の寸劇を披露するショウだ。差別問題に敏感な現在では、写真や映像を紹介する事さえタブー視されているが、後の大スターも生み出した。それがアル・ジョルスン(1886~1950年)。アメリカのショウビズ史を語る上で、欠く事のできないエンタテイナーの開祖的存在で、ブロードウェイとハリウッド双方で成功した。

1972年に出版されたジョルスンの伝記

1972年に出版されたジョルスンの伝記

 

 ジョルスンのトレードマークとなったのが、その唱法だ。アップテンポの明るいナンバーでは、目をくるくると動かし、時にタップを踏みながら全身で喜びを表現。また彼のテーマ曲となった、遠く離れた母への想いを歌う〈マイ・マミイ〉は、ひざまずき両手を広げ、涙で声を震わせながら絶唱する。要は、どこか浪花節風の大仰な芸風なのだ。しかしジョルスンは、マイクロフォンなしの時代に、劇場の外まで聞こえる大音声で歌い上げるスタイルで一世を風靡した。

表紙にジョルスンの顔をあしらった〈マイ・マミイ〉の楽譜

表紙にジョルスンの顔をあしらった〈マイ・マミイ〉の楽譜

 

 彼が好んで観客に呼び掛けた言葉が、上のLPジャケットにもある「You Ain't Heard Nothin' Yet!」。直訳すると「あなた達は、まだ何も聴いちゃいない!」、つまりは「この後もたっぷり歌うぞ!」の意だ。これを聞いた観客が熱狂した事は言うまでもない。このジョルスンの決まり文句は、後に彼の伝記映画「ジョルスン物語」でも繰り返し使われ、当時の日本語字幕が「お楽しみはこれからだ!」(これは名訳)。学生時代、この作品に惚れ込んだイラストレーターの和田誠が、映画の名セリフを綴るエッセイのタイトルに冠して知名度を上げた。
 

■伝説に彩られた人生

 帝政時代のロシアで、1886年にユダヤ人居住区で生まれたジョルスン。4歳の時に、両親と共にアメリカへ移住した。少年の頃からの歌好きが高じ、ミンストレル・ショウの一座に入団。黒塗りで歌い踊り好評を得る。しかし今では、ジョルスンの名がミンストレルの歴史と共に封印されてしまった感があるのは、黒人差別を助長したと解釈されたため。確かに、後述する主演映画で、黒人に扮して歌うジョルスンを初めて観た方は、相当奇異に感じるだろう。ただ彼自身は、生まれ持ったリズム感で、奔放に自己流で歌う黒人パフォーマーたちに感銘を受け、そのユニークな唱法を自分のヴォーカルに取り入れたい一心だったようだ。

 また彼は、草創期のブロードウェイを代表するスターだった。1911年のデビュー以降、『ロビンソン・クルーソー・ジュニア』(1916年)や『シンバッド』(1918年)、『ボンボ』(1921年)などに主演。作曲家ジョージ・ガーシュウィンの初ヒットとなった〈スワニー〉や前述の〈マミイ〉を筆頭に、〈カリフォルニア・ヒア・アイ・カム〉や〈エイプリル・シャワーズ〉など、生涯の持ち歌となった名曲を披露した。

「ジャズ・シンガー」(1927年)、アメリカ公開時のポスター。ジョルスンが母親に、〈ブルー・スカイ〉を歌って聴かせるシーンを大きくフィーチャーしている。

「ジャズ・シンガー」(1927年)、アメリカ公開時のポスター。ジョルスンが母親に、〈ブルー・スカイ〉を歌って聴かせるシーンを大きくフィーチャーしている。

 

 ジョルスンは、世界初のトーキー映画に主演したパフォーマーとしても知られた。それが、1927年に公開された「ジャズ・シンガー」だ。ただしこの映画、オール・トーキーではなく、大半はせりふを字幕で見せるサイレント映画方式。ジョルスンが歌うシーンが近づくと、突然音が出るという変則的トーキーだった。彼は、VOL.4&5で紹介したアーヴィング・バーリン作詞作曲の〈ブルー・スカイ〉などを思い入れたっぷりに歌い、その全盛期の姿を窺い知る事が出来るのは貴重だが(もちろん黒塗りで歌うナンバーもあり)、映画自体は凡庸な仕上がりだった。しかしトーキー映画で歌うジョルスンのインパクトは大きく、それ以降も「マミイ」(1930年)や「風来坊」(1933年)などで主役を務め、ハリウッドでも確固たる地位を築く。

ブルーレイでリリースされた「ジャズ・シンガー」(ワーナー・ホーム・ビデオ)。Amazon Prime Videoなどでも視聴可だ。

ブルーレイでリリースされた「ジャズ・シンガー」(ワーナー・ホーム・ビデオ)。Amazon Prime Videoなどでも視聴可だ。

 

 40代でショウビズを制覇したジョルスン。さすがにオフステージでは自信過剰&エゴ丸出しで、この手のエピソードには事欠かない。彼を紹介の際は、「世界最高のエンタテイナー」と呼ばれるのを好んだが、これも自分で考え出した肩書だった。友人と口論になると、いきなり両ポケットに詰め込んだ領収書の束を取り出し、「俺は去年これだけ稼いだ。おまえのを見せろ!」。またブロードウェイでは、芝居を中断して突如舞台に現れると、「皆さん、後のストーリーは御存知ですよね。それよりも僕の歌はどうですか?」と、ヒット曲を1時間以上歌いまくった(もちろんここで、「お楽しみはこれからだ!」を連発)。その反面、異様に嫉妬深く小心な一面もあった彼は、他のパフォーマーが浴びる拍手を聞くのが堪えられず、楽屋では流しの水を出しっ放しにしていた、なんて話もある。

 

■伝記映画と共にカムバック

 やがて1930年代後半から、ジョルスンの人気は低迷し始めた。マイクロフォンの発達で、甘い声でソフトに歌う、ビング・クロスビーやフランク・シナトラら後輩歌手の台頭が、ジョルスンを過去のスターへと追いやったのが大きな原因だ。ところが彼は、余程強運に恵まれていたのだろう。1946年に、冒頭で触れた伝記映画「ジョルスン物語」が公開されるや大ヒットを記録する。ジョルスンは60歳にして、再び芸能界でトップの座に返り咲いた。 ジョルスン役を演じたのは、彼とは似ても似つかぬ、ラリー・パークスという俳優だった。もちろん歌うシーンは、ジョルスンが十八番を再レコーディングし、パークスはそれに合わせて口パク。ただ、豊かな表情でエネルギッシュに歌い上げる歌唱法を完璧に体得し、見事なパフォーマンスへと昇華させた(正確には口パクではなく、撮影時には、パークスも実際に声を出して歌っていたようだ)。しかし、パークスに決定するまでに一悶着。ジョルスンは、他人が彼の人生を演じる事が許せず、最後まで自分が主演するとゴネたのだ。スタッフも折れたのか、遠景から撮影された〈スワニー〉のシーンのみ自ら出演している。

ラリー・パークス。「ジョルスン物語」でアカデミー賞主演男優賞候補となるも、その後1950年代のハリウッドを震撼させた、共産党員や左翼的発言者を摘発する「赤狩り」の犠牲となり、映画出演は激減した。

ラリー・パークス。「ジョルスン物語」でアカデミー賞主演男優賞候補となるも、その後1950年代のハリウッドを震撼させた、共産党員や左翼的発言者を摘発する「赤狩り」の犠牲となり、映画出演は激減した。

 

 この映画、3年後に続編「ジョルスン再び歌う」が作られるほどの評判を呼んだ。だが、本人が御存命時に製作されたため、決して褒められぬ人間性エピソードや女性関係(こちらもエネルギッシュだった)は、きれいに割愛。その人生は多分に美化されているものの、歌うため、観客を楽しませるために生まれてきた男の執念にも似た情熱を、余すところなく描いている。後半ダレるのが惜しいが観る価値大だ。

「ジョルスン物語」(1946年)と続編「ジョルスン再び歌う」(1949年)のDVDは、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントよりリリース。

「ジョルスン物語」(1946年)と続編「ジョルスン再び歌う」(1949年)のDVDは、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントよりリリース。

 

■ジョルスンの遺産

再び黄金期を築いたジョルスン名唱集。3枚組CDに、全80曲収録している(輸入盤)。

再び黄金期を築いたジョルスン名唱集。3枚組CDに、全80曲収録している(輸入盤)。

 

 映画で歌われた楽曲を収録したレコードは売れに売れ、加えてラジオ出演やコンサートで多忙を極めたジョルスン。歌声は年齢を重ねた分深みを増し、歌手として第二の絶頂期を迎えた。1950年9月には、朝鮮戦争の米兵慰問のため韓国を巡演。その直前には日本へも立ち寄り、聖路加国際病院で傷病兵のためコンサートを開催する。しかし強行スケジュールの過労がたたり、アメリカに帰国後間もない10月23日に、心臓発作に見舞われ急逝した。享年64。

1950年9月、慰問で訪れた韓国で歌うジョルスン。これが生涯最後の公演となった。

1950年9月、慰問で訪れた韓国で歌うジョルスン。これが生涯最後の公演となった。

 

 ジョルスンが後進に与えた影響は計り知れない。本連載のVOL.4で紹介したエセル・マーマンらブロードウェイのパフォーマーも、客席の最後部まで歌詞が届くよう明瞭に発音する歌唱法や、観客を徹底的にもてなす術を学んだのだ。その中でも、彼の精神を最も忠実に受け継いだのが、「女ジョルスン」の異名をとったジュディ・ガーランド。〈スワニー〉や〈ロッカバイ・ユア・ベイビー〉など、ジョルスンのレパートリーを終生歌い続けた。また、50代から集中してスタンダード・ナンバーに挑んだロッド・スチュワートは、幼少時に誘発された歌手を問われ、ジョルスンの名を挙げている。

ガーランドとジョルスン(1940年代末撮影)Photo Courtesy of Scott Brogan

ガーランドとジョルスン(1940年代末撮影)Photo Courtesy of Scott Brogan

 

 VOL.7は、ブロードウェイのみならず、アメリカ音楽史に大きな足跡を残したガーシュウィン兄弟の特集だ。

文=中島薫

高畑充希、29本の青いバラを手にバースデーコメント ミュージカル『ウェイトレス』扮装ビジュアルを初解禁

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2021年3月9日(火)~3月30日(火)日生劇場にて上演される、ミュージカル『ウェイトレス』(全国ツアー公演あり)。12月14日(月)に29歳の誕生日を迎えた主演の高畑充希のバースデーコメントが到着した。さらに、扮装ビジュアルが初解禁となった。

本作は、アメリカ映画「ウェイトレス~おいしい人生のつくりかた」(2007年)をベースに製作された、ブロードウェイミュージカル。グラミー賞ノミネート歴を持ち、楽曲を手掛けたサラ・バレリスを始め、脚本、作曲、演出、振付の主要クリエイティヴを全て女性クリエイターが担当したことがブロードウェイ史上初の出来事として注目を集め、そのキュートな世界観が女性の心をわしづかみにし、圧倒的な支持を得た作品だ。そんな本作が日本人キャスト版として上演される。

主人公ジェナを演じるのは、現地に赴き何度も同作を観劇した高畑充希。NHK連続テレビ小説や民放ドラマ、数々の映画の主演も背負ってきた高畑が、ミュージカル=“ホームグラウンド”で、20代最後の年に新境地を開拓する。

高畑充希 コメント

(29本の青いバラの花束で)皆さんにお祝いしていただけて、この作品の世界観に入れて、素敵な写真を撮っていただけて、テンションが上がりました。2020年は足踏みしたような感覚の1年でしたが、その分色々新しく学べたこともありました。29歳は元気に爆発していけたら、と思っています!!
2020年は、なくなってしまったミュージカル作品もあったので、久々のミュージカルである『ウェイトレス』で楽しく劇場で皆さんと盛り上がっていければいいなと思っています。

ワッツ・オン・ブロードウェイ?~B’wayミュージカル非公式ガイド【2021年冬編】

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私事だが、2020年は前年末のロンドン旅行でスマホ盗難の憂き目に遭い、3年半の間に撮り溜めたブロードウェイの風景をはじめとする思い出写真がすべてなくなるところからのスタートだった。次行った時にまた撮ればいいよ、と自分を慰めていたのだが、それが叶わぬまま1年。本連載で使える写真もいよいよ枯渇し、見る人が見れば10年近く前の風景であることが丸わかりのこんな古い写真を引っ張り出してきてみたのだがいかがだろうか。2021年こそまた撮り溜めに行けることを祈りつつ、本題に入る。

季刊の形でお届けしている本連載の、更新の度に延長されていくブロードウェイの閉鎖期間。春編の「4月12日まで」、夏編の「9月6日以降まで」、秋編の「1月3日以降まで」を経て、ついには「5月30日まで」延長されてしまったが、ここにきて具体的な公演開始日を明示するプロダクションが出てきたのは少しだけ希望が持てる話題。詳細は下記のリストをご覧いただくとして、9月開幕を予定している新作もあるようだから、それらに先立ち6月あたりからロングラン作品が再開される…というのが最速のシナリオだろうか。

前号で少し触れた“デジタル”トニー賞は、2020年秋に開催予定とされていたが、閉鎖期間の延長に伴い今も未開催。ただし、10月にノミネート発表だけは行われたので、今号はその話題をお届けしたい。閉鎖前に開幕していて、しかも一定数以上の審査員が観劇済みだったこと、というのがノミネートの条件だったため、ミュージカルの対象作は『ムーラン・ルージュ!』『The Lightning Thief』『Tina:ザ・ティナ・ターナー・ミュージカル』『ジャグド・リトル・ピル』の4作のみ。果たして各部門にノミネートされたのは――?

■ミュージカル作品賞

新作部門は、今シーズン最多となる15ノミネートを受けた『ジャグド・リトル・ピル』、14ノミネートの『ムーラン・ルージュ!』、12ノミネートの『Tina:ザ・ティナ・ターナー・ミュージカル』の3作に。ファンタジー小説「パーシー・ジャクソン」シリーズを原作とする『The Lightning Thief』は、3か月と持たずに閉幕したことからも予想がついた通りよほどの駄作だったようで、作品賞で除外されただけでなくノミネートゼロに終わった。尚、リバイバル部門については対象作がなかったため廃止に。イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出の『ウエスト・サイド・ストーリー』は、来年の対象作ということになるのだろう。

■各スタッフ賞

『The Lightning Thief』がノミネートゼロだったと先に書いてしまったのがもうネタバレのようなものなのだが、脚本賞、演出賞、振付賞、編曲賞、装置デザイン賞、衣裳デザイン賞、照明デザイン賞、音響デザイン賞はすべて、作品賞と同じ『ジャグド』『ムーラン』『ティナ』が仲良く分け合う形に。面白いのは、この3作がすべて既存曲を用いた作品であったために、例年はほぼミュージカル作品が占めるオリジナル楽曲賞に、プレイ作品ばかりがノミネートされたこと。ここまでくると、逆に『The Lightning Thief』が観て(聴いて)みたかったような気がしてくるのは筆者だけだろうか。

■各キャスト賞

『ジャグド』と『ティナ』が女性主役の作品であるため、主演男優賞はなんと『ムーラン』のアーロン・トヴェイト1人という衝撃の展開に。文字通り、受賞間違いなしだ。主演女優賞のほうは、『ムーラン』が男女2人主役の作品であるため、これまた3作が分け合う形に。そして助演のほうは、男優賞が『ムーラン』『ジャグド』から2人ずつ+『ティナ』から1人、女優賞が『ジャグド』から3人+『ムーラン』『ティナ』から1人ずつ。そうつまり、例年であれば受賞作を占う鍵となるノミネート数は、今年に関しては助演女優・男優賞に送り込めたキャスト数の差のみというわけだ。その意味では3作のうちどれが強いのかが本当に分からず、それなりに楽しみな“デジタル”トニー賞である。
 

【2021-2022シーズンの新作】

*情報は2020年12月28日時点のもの

『1776』2022年春開始予定
1969年のトニー賞受賞作をD・パウラス演出でリバイバル。米国独立宣言の裏側を描く。https://www.roundabouttheatre.org/get-tickets/upcoming/1776/

『Caroline, or Change』2021年秋開始予定
2004年のトニー賞ノミネート作品の、2018年にロンドンで好評を得たリバイバル版。https://www.roundabouttheatre.org/get-tickets/upcoming/caroline-or-change/

『David Byrne’s American Utopia』2021年9月17日開始予定
ミュージカルに近いコンサート。昨シーズンの公演が好評を博しての再演。
https://americanutopiabroadway.com/

 

『Flying Over Sunset』2021年秋開始予定
3人の著名人がLSD(当時は合法)を使用していた事実を元にJ・ラパインが創作する新作。
https://www.lct.org/shows/flying-over-sunset/

『MJ The Musical』2021年9月開始予定
マイケル・ジャクソンの半生を『パリのアメリカ人』のC・ウィールドンの演出・振付で。
https://mjthemusical.com/

 

『ザ・ミュージックマン』2021年12月20日開始予定
H・ジャックマンとS・フォスターが夢の共演。スタッフ陣も盤石で大ヒット確実!
https://musicmanonbroadway.com/

『シング・ストリート』2021年末または2022年開始予定
同名のアイルランド映画(副題「未来へのうた」)の舞台化。オフでの好評を受けてBW入り。
https://singstreet.com/

 

『お熱いのがお好き』2021年秋開始予定
M・モンロー主演の名作映画をC・ニコロウ(『アラジン』)の演出・振付で舞台化。

『The Who’s Tommy』2021年開始予定
中川晃教主演で日本でも上演されたロックオペラの新演出版。演出は再びD・マカナフ。

 

【2019-2020シーズンの新作】

■閉鎖前に開幕していた作品

『Girl From the North Country
ボブ・ディランの楽曲がちりばめられてはいるが、作りとしては完全にプレイ。要英語力。
https://northcountryonbroadway.com/

『Jagged Little Pill』
アラニス・モリセットの同名アルバムをミュージカル化。演出は『ピピン』のD・パウラス。
https://jaggedlittlepill.com/

 

『ムーラン・ルージュ!』
B・ラーマン監督映画をA・ティンバースが演出した話題作。ドラマデスク賞で5冠達成。
https://moulinrougemusical.com/

『Tina:ザ・ティナ・ターナー・ミュージカル』
ロンドンでの好評を受けてBW入り。オリヴィエ賞ノミネートの主演女優が続投!
https://tinaonbroadway.com/

『ウエスト・サイド・ストーリー』
ヴァン・ホーヴェ演出、ケースマイケル振付による大胆リバイバル。評判イマイチ…⁉
https://westsidestorybway.com/

 

■プレビュー中に閉鎖期間に入った作品

『カンパニー』
ソンドハイムの傑作コメディを『ウォーホース』の演出家でリバイバル。P・ルポンが出演。
https://companymusical.com/

『ダイアナ』
ダイアナ元妃の人生を人生を描く。開幕に先駆け、無観客収録された舞台がNetflixで配信予定。
https://thedianamusical.com/

『ミセス・ダウト』
同名映画を『サムシング・ロッテン!』の作家兄弟と売れっ子演出家J・ザックスが舞台化。
https://mrsdoubtfirebroadway.com/

『SIX: The Musical』
ロンドンで大ヒット。ヘンリー8世の6人の妻がガールズパワーを炸裂させる痛快作!
https://sixonbroadway.com/
 

【ロングラン作品】

■日本で既に上演された/されている作品

『アラジン』
ディズニーアニメが舞台ならではの手法で表現された秀作。魔法の絨毯は本当に魔法。
https://www.aladdinthemusical.com/

『シカゴ』
『オペラ座の怪人』に次ぐロングラン記録を更新中の名物作。出来は割とキャスト次第。
https://chicagothemusical.com/

『ライオンキング』
開幕から20年以上経つというのに、未だ入場率がほぼ毎週100%を超える大ヒット作。
https://www.lionking.com/

『オペラ座の怪人』
言わずと知れた世界的メガヒット作。圧倒的な知名度ゆえ、劇場では日本人に遭遇しがち。
http://www.thephantomoftheopera.com/

『ウィキッド』
開幕から15年が経ち、ようやくチケットに多少の余裕が。定期的に観たい傑作。
https://wickedthemusical.com/

■日本未上演の作品

『Ain’t Too Proud』
『ジャージー・ボーイズ』のチームが描くテンプテーションズの軌跡。二番煎じだが良い。
https://www.ainttooproudmusical.com/

『ブック・オブ・モルモン』
日本では永遠に上演されなさそうだが超絶面白い。モルモン教だけwikiで調べて観るべし。
https://bookofmormonbroadway.com/

『カム・フロム・アウェイ』
「911」の日、カナダの小さな町に起こった実話をシンプルだが力強い演出で描く感動作。
https://comefromaway.com/

『ディア・エヴァン・ハンセン』
深遠なテーマをスタイリッシュに描く、2017年のトニー賞受賞作。絶対日本でやると思う。
https://dearevanhansen.com/

『Hadestown』
『グレコメ』の演出家が現代的に描くギリシャ神話。2019年のトニー賞で8冠を達成。
https://www.hadestown.com/

『ハミルトン』
チケット超入手困難なモンスター級ヒット作。ディズニー+で配信中(英語音声のみ)。
https://hamiltonmusical.com/

『ミーン・ガールズ』
同名映画の舞台化。なぜか人気。アメリカ的なノリについていける自信があればどうぞ。
https://meangirlsonbroadway.com/

マイケル・K・リーにインタビュー~『ニューイヤー・ミュージカル・コンサート 2021』に出演

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『ニューイヤー・ミュージカル・コンサート 2021』が、2021年1月9日(土)から11日(月祝)まで東京・渋谷の東急シアターオーブで開催される(10日はLIVE映像配信あり)。同コンサートは、2016年初演から数えて今回で6回目となり、ミュージカルファンには新春の風物詩として定着した感のある催しだ。

今回は、世界中の人々の生活が大きく変化し続ける中、スペシャル版として“Feel This Moment(今この瞬間を感じて)”というテーマが掲げられ、明るい未来への期待が込められた楽曲を中心としたラインナップが予定されている。また、出演陣も新鮮だ。シリーズ初となる日本のミュージカル界・音楽界を代表する超実力派アーティスト達、平原綾香 小柳ゆき 中川晃教 佐藤隆紀(LE VELVETS)が集結。さらに、アメリカ・韓国で活動するミュージカル俳優で日本にもファンの多いマイケル・K・リーの初参加も大きな話題となっている。SPICEは、そのマイケル・K・リーに、公演本番が迫る中、インタビュー取材をおこなうことができた。


ーー 『ニューイヤー・ミュージカル・コンサート 2021』は、あなたにとって日本で最初のステージとなるそうですね。ちなみに、これまでプライヴェートで日本に訪れたことはありましたか? そして、日本に対する思いや、日本人の印象をお聞かせいただけますか。

ようやく日本デビューを果たすことができて、これ以上嬉しいことはありません。

日本には一度だけ来たことがあります。大切な友人であるレア・サロンガ、ラミン・カリムルーが、日本のスターである城田優さんと共演したコンサート(※『4Stars』/編集部註)を観に来ました。今から7年前の2013年のことで、最高の共演が誇るべきものに思えたと同時に、すごく羨ましかったことを憶えています。

でも今回僕は、1人どころか4人もの素晴らしい日本のスター達と共演できるんですから、ラッキーですよね。すごく光栄ですし、リハーサルで4人の歌声をじっくり聴けることをとても楽しみにしています。

日本でミュージカルがいかに愛されているかを知っていましたので、ずっと日本でパフォーマンスをしたくて仕方なかったんです。2005年にブロードウェイの『太平洋序曲』で、幸運にも演出の宮本亞門さんとお仕事をする機会に恵まれ、彼の比類なき舞台への情熱に感銘を受けました。それと、日本には、韓国まで僕のパフォーマンスを観に来てくれる素晴らしいファンの方々がいます。彼らは僕にとって、かけがえのないファンですので、皆さんへの恩返しという意味でも、今回日本でパフォーマンスをして、情熱的なファンの皆さんにお会いできることをとても楽しみにしています。

ーー あなたは現在、ソウルに住んでいて、舞台はもちろん、テレビ等にもしばしば出演されていますね。拠点をアメリカから韓国に移したのはいつからですか? その理由は? また、韓国における最も思い出深い出演作品は何でしたか?

2013年から韓国を拠点にしていますが、韓国で活動を始めたのは2006年です。いくつか理由があるのですが、1つ目の大きな理由は家族です。ご存じの通り、アメリカは巨大な国で、俳優は1つの場所に腰を落ち着けるということができません。国中や世界中を旅できるという意味でも、ミュージカル俳優の仕事を気に入っていましたが、子供が出来てからその考え方が変わりました。韓国では、新しい演劇業界が花開きつつあって、僕のような俳優の需要が高かったんです。そして遠征先は遠くても電車で2時間もあれば行ける距離でした。いつでも家族の近くに居られることは大きかったです。

2番目は、先ほど言った韓国の演劇業界が飛躍的に成長していたこと。韓国のミュージカル業界は活気にあふれていて、新しいミュージカル文化や解釈の幕開けに携われる素晴らしい機会だと思いました。日本と同じように韓国は、世界の演劇業界の中でも独自の立場を確立して、来日版だけでなく、翻訳版やさらにはオリジナルミュージカルを製作するようになっています。ですので、この業界の成長が僕にアメリカでは得られなかったチャンスを与えてくれました。

そう考えると、僕はとても賢明な選択をしたといえるでしょうし、その選択肢があったのは非常に幸運でした。僕はなんてラッキーなんだろうと思いますよ。

韓国で一番思い出に残っている作品を選ぶのは、至難の業ですね。それぞれが僕にとって特別で思い出深い作品ばかりですから。もちろん『ジーザス・クライスト=スーパースター』は僕にとって様々な意味で非常に特別な作品です。この作品が、僕の韓国での活動を軌道に乗せてくれたので、1つ挙げるとしたらやはり『ジーザス・クライスト=スーパースター』だと思います。

ーー 今回あなたは、その『ジーザス・クライスト=スーパースター』から「ゲッセマネ」、そして『ジキル&ハイド』から「This is the Moment」、さらに中川晃教さんとデュエットで『レント』から「I'll cover you」を、コンサートで披露されるとのこと。各ナンバーへの思い入れをお聞かせください。

「ゲッセマネ」は『ジーザス・クライスト=スーパースター』という作品の中だけでなく、すべてのミュージカル作品の中で最も優れた曲のひとつだと思います。物語の中で感情が高まるシーンに完璧なまでにピッタリだし、素晴らしい歌のなかでパーフェクトな音楽の形を成しています。最近では色々な凄い人をロックスターと呼ぶようになりましたよね。「ジーザスは我々に身近な人を愛しなさい」「自分がされたら嬉しいことを周囲の人にもしなさい」「許すことで自由になれる」と教えてくれています。だから、ジーザスこそ今で言うロックスターだったと信じて疑わないのです。それが僕がこの役とこの歌を愛する理由です​。

「This is the Moment」は韓国での初めてのコンサートでゲスト出演した時に披露したので、とても特別に感じています。僕だけでなく多くの人たちがこの曲の歌詞の意味と壮大なメロディを愛していると思います。まさにフランク・ワイルドホーンが書いた数々の名曲の中で最高傑作と言える曲のひとつだと思います。この曲は何度歌っても感情をかきたてられますね。大好きな曲です

『レント』は僕の人生の素晴らしい一部となっています。ブロードウェイ公演の開幕後数年間、この作品に携われたことはまさに夢のようでした。僕たちの世代にとってはとても重要な意味を持つ作品だと思っています。この作品の楽曲を聴く度に、オープニングのギターをチューニングする音とか、「シーズンズ・オブ・ラブ」の始まりのコードとか、一番最後の歌詞とか…とても感情が溢れだすんですよ。「I’ll Cover You」は『レント』の中でも喜びに満ちた曲なので、中川さんと一緒に歌えることが楽しみで待ちきれません

ーー 平原綾香さん、小柳ゆきさん、中川晃教さん、佐藤隆紀さんという、日本人ミュージカル俳優4人との共演で楽しみにしていることは?

彼らの歌声を聞くのが本当に楽しみです!リハーサルで彼らの歌声を聞くことやどんなパフォーマンスが見られるのか楽しみで待ちきれません!本当に!一緒に共演させていただけるなんて幸せです。同じステージに立てることが貴重だと思いますし、このコンサートの仲間に参加できて光栄です。心からそう感じています。僕を仲間に入れてくださってありがとうございます!​

ーー コロナウィルスの影響が深刻で、ブロードウェイの劇場は現時点で2021年5月末までの閉鎖がアナウンスされています。一方、日本では第三波の流行に緊張しつつも、多くの劇場で慎重に公演が行われています。韓国の演劇界は現在どのような状況ですか。また、あなたは、このコロナ禍についてどのような考えをお持ちですか?

世界は苦境に立たされています。ニューヨークのブロードウェイで活動する仲間のことを思うと心が痛みます。それと同時に、この時期にアジアで活動できることを、とても幸運に思います。韓国、日本、台湾は、この未曾有のパンデミックの中でも、何とか劇場を開けて生のパフォーマンスを提供し続けています。これは多大な賞賛に値することだと思います。

もちろん、韓国の劇場でも細心の感染予防対策を取っていますよ。一部の座席をあけて販売したり、公演をキャンセルすることも……。それでも、よく言われるように「Show Must Go On」が実践されています。完璧な状態でとは言いませんが、止まることなく前進し続けていることは、幸運ですしとても喜ばしいことですよね。これはこの業界を支えてくれるプロデューサー陣やお客さんがいなければ出来ないことです。まさに「The Show Must Go On」です。世界は演劇やアートを必要としています。言うまでもなく、劇場の安全を確保し未知の危険なウィルスへの対策を最優先に考えるべきですが、事態が収束した時にアートは見事な復活を遂げます。演劇やアートは人々の傷を癒すものですから。

ーー あなたは、1973年6月5日にニューヨークで生まれ、スタンフォード大学で心理学を学んだ後、1995年『ミス・サイゴン』のトゥイ役でブロードウェイ・デビューを果たしました。その後、 『ジーザス・クライスト=スーパースター』、宮本亞門演出の『太平洋序曲』、『レント』など、ブロードウェイの有名作品に出演されました。あなたは、なぜ、どのようにして、ミュージカル俳優への道を進むことになったのでしょうか?

若い頃から、演劇、とりわけミュージカルが大好きでした。よく両親に連れて行ってもらっていました。母親は特に、故郷で多くのアートを支援していて、僕たち兄弟をバレエ、ミュージカル、オーケストラや映画などによく連れて行ってくれました。それで中学生の時に地元の劇場のオーストラピットで楽器を演奏する機会があったのですが、今思えばそのときに「劇場の虫」に刺されたのです! 当時はあまり気付いていなかったですが、劇場の特等席でミュージカルが出来上がる過程を目の当たりにしたのがきっかけですね。ピアノやヴァイオリンのレッスンは続けていましたが、時間が空けばいつも歌っていました。特にロックが好きでしたね。80年代に育ったので、人気ロックバンドの突き抜けるようなメロディーやクレイジーな服装やメイクアップに魅了されていました。この頃は自分が舞台に立つことは考えてもいませんでしたが、大学の友人たちが僕の俳優としての可能性を引き出してくれました。とにかく舞台が好きでしたし、とても居心地が良かった。舞台を作り上げるコミュニティが僕の最高の仲間でした。まさに自分の居場所を見つけたのです!

ーー いま、韓国カルチャーが世界を席巻していますね。BTS、映画『パラサイト』、ドラマ『愛の不時着』、小説「82年生まれ、キム・ジヨン」等々……。韓国人の血が流れているあなたは、この現象をどのように見ていますか?

世界がどんどん小さくなって、近づいている感じがしますね。ソーシャルメディアやインターネットによって、地理や言語、文化による制限が取り払われたのです。おっしゃる通り、韓国は音楽、映画やTVの世界で大きな飛躍を遂げていますが、これはインターネットを通して、時差なく韓国の文化にアクセス出来る環境があればこそ成し遂げられたのだと思います。世界はより洗練され、トレンドは西洋世界の外から発信される時代になりました。アジアは今可能性に溢れていて、世界はその魅力に気付き始めたばかりです。素晴らしい時代になりましたね!

ーー 最後に、日本のミュージカルファンや、SPICEの読者に向けて、メッセージをお願いします。

皆さんのためにパフォーマンスする機会を与えてくださって、本当にありがとうございます。とても光栄に思っています。何度でもいいますが、本当に楽しみで仕方ありません! これが私たちの友情の始まりであると信じています。僕のことをもっと知っていただきたいですし、皆さんのことをもっともっと知りたいと思っています。だから僕たちの最初の「デート」をとても楽しみにしています。きっと忘れられないものになるでしょう。そしてこれから長いおつきあいができますように。もうすぐお会いしましょう!

【プロフィール】マイケル・K・リー/Michael K. Lee アメリカ・NY出身。1995年『ミス・サイゴン』でブロードウェイデビューを果たし、『ジーザス・クライスト=スーパースター』『レント』『太平洋序曲』などに出演。アジア系米国人をテーマにした『アリージャンス』ブロードウェイ公演にはオリジナルキャストとして出演した。2019年、韓国で開催されたラミン・カリムルーとのデュエット・コンサートが話題となった。現在はアメリカ・韓国の双方で活動中。韓国での出演作に『ジーザス・クライスト=スーパースター』『ノートルダム・ド・パリ』『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』『ロッキー・ホラー・ショー』ほか。今回、待望の初来日を果たす。

取材・文=安藤光夫(SPICE編集部)

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」 VOL.7 ガーシュウィンの時代

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

☆VOL.7  ガーシュウィンの時代 

文=中島薫(音楽評論家)text by Kaoru Nakajima

 

 2021年1月9日に、東京国際フォーラム ホールCで幕を開けた、宝塚歌劇団・花組公演『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』。全編を彩るは、ガーシュウィン兄弟よる名曲陣だ。今回はブロードウェイのみならず、アメリカの音楽史に多大なる貢献を果たした彼らを特集しよう。 

ジョージ・ガーシュウィン(左)と兄のアイラ・ガーシュウィン(1928年撮影)  Photo Courtesy of Michael Feinstein

ジョージ・ガーシュウィン(左)と兄のアイラ・ガーシュウィン(1928年撮影)  Photo Courtesy of Michael Feinstein

 

■移民の街NYで育まれたリズム

 『NICE WORK~』の他にも、劇団四季が翻訳上演した『クレイジー・フォー・ユー』(1992年)や『パリのアメリカ人』(2015年)も、同様にガーシュウィン兄弟の既成曲がふんだんに使われていた。これらの作品で大きくフィーチャーされた〈アイ・ガット・リズム〉や〈ス・ワンダフル〉などのスタンダード・ナンバーは、誰もが一度は耳にしているだろう。

ガーシュウィン・ミュージックの楽しさを再認識させた、『クレイジー・フォー・ユー』(1992年)のオリジナル・キャストCD(輸入盤)

ガーシュウィン・ミュージックの楽しさを再認識させた、『クレイジー・フォー・ユー』(1992年)のオリジナル・キャストCD(輸入盤)


 

 作曲はジョージ・ガーシュウィン(1898~1937年)、そして作詞が兄のアイラ・ガーシュウィン(1896~1983年)。1937年に、38歳の若さで急逝したジョージを兄と勘違いしている人が多いが、アイラが年長だ。ミュージカルに留まらず、クラシックとジャズを融合させた交響楽『ラプソディ・イン・ブルー』(1924年)や、黒人オペラ『ポーギーとベス』(1935年)に挑戦し、作曲家として華やかに活躍したジョージ。一方、シャイで内向的だったのがアイラだ。だがジョージの才能を誰よりも正当に評価し、彼の旋律に詞を託したのが兄だった。

マイケル・ファインスタイン  Photo Courtesy of Michael Feinstein

マイケル・ファインスタイン  Photo Courtesy of Michael Feinstein


 

 晩年のアイラの許で、アシスタントを務めたのが歌手のマイケル・ファインスタイン。ガーシュウィン兄弟研究の第一人者で知られ、彼らの楽曲の素晴らしさを次の世代に伝えるべくレコーディングやコンサートで歌い継いでいる。 

 まずガーシュウィンと言えば、ジョージが生みだした色彩豊かな音色とダイナミックな躍動感だ。VOL.6で紹介したアル・ジョルスンが歌い、ジョージ初のヒット曲となった〈スワニー〉(作詞はアーヴィング・シーザー)や前述の〈アイ・ガット・リズム〉など、聴くたびに心弾むナンバーが多い。ファインスタインは、ジョージによる旋律の特色をこう解説する。

「兄弟の父親は、帝政ロシアからNYへと亡命したユダヤ系移民。2人が少年期を過ごした20世紀初頭のNYは、移民の音楽に溢れていた。物静かだったアイラとは対照的に、ジョージは活発でね。街中を遊び廻っては、ユダヤの民族音楽はもちろん、ハーレムで聴いたジャズや、アコーディオンが奏でるアイルランド民謡など、新天地で働く移民たちのエネルギーに満ちた音楽や文化を吸収し、それを血肉とした。それが彼の音楽的基盤となったんだ」

ファインスタインが、1996年に発表したガーシュウィン歌曲集「ナイス・ワーク・イフ・ユー・キャン・ゲット・イット」(輸入盤で入手可)

ファインスタインが、1996年に発表したガーシュウィン歌曲集「ナイス・ワーク・イフ・ユー・キャン・ゲット・イット」(輸入盤で入手可)


 

■メロディー先行のコラボレーション

 曲が先か詞が先か。ソングライター・チームなら必ず一度は受ける質問だ。ガーシュウィン兄弟の場合は、どうだったのだろう。ファインスタインは続ける。

「アイラによると、彼らの楽曲の70~80%は曲先行だったそうだ。まずミュージカルの場合は、どのシチュエーションでどんなタイプの歌を入れるかを、2人でアイデアを交わしながら相談する。仕事が早いジョージは、さっそく作業に取り掛かり、たちまちメロディーを仕上げてしまう。アイラは、天才肌だった弟を常に絶賛していたよ。一方、兄は熟考型だった。一曲につき、数週間掛かる事もあったらしい。僕はアイラと出会うまで、作詞家があれほど手間暇を掛けて仕事するとは知らなかった。彼は、友人同士の何気ない会話のように、自然に言葉が観客の耳に届くよう推敲を重ね、何度も書き直しながら歌詞を磨き上げたと言っていたよ」

ピアノを演奏するジョージの手  Photo Courtesy of Michael Feinstein

ピアノを演奏するジョージの手  Photo Courtesy of Michael Feinstein


 

 ブロードウェイでは、『オー・ケイ!』(1926年)や『ガール・クレイジー』(1930年)など単純明快なミュージカル・コメディーから、『汝がために我歌わん』(1931年)のような政治風刺モノまで立て続けにヒット作を連発。アップテンポの賑やかなナンバーだけでなく、〈サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー〉や〈バット・ノット・フォー・ミー〉など、兄弟の瑞々しい感性が息づく珠玉のバラードも好評を得た。

 

■ガーシュウィン・イン・ハリウッド

 ハリウッドでも活躍したガーシュウィン兄弟。彼らが書き下ろした楽曲をふんだんに使ったミュージカル映画の白眉が、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャーズ主演の「踊らん哉」(1937年)だ。アステアが歌い、スタンダードとなった究極のバラード〈誰にも奪えぬこの想い〉は本作から生まれた。他にも彼が、噴射するスチームの音に合わせ神業的タップを披露する〈スラップ・ザット・ベース〉や、ラストを賑やかに飾る〈シャル・ウィ・ダンス〉など、とにかく好ナンバー揃いで堪能出来る。歌詞を明瞭に発音し、多くのソングライターから愛されたアステア。ガーシュウィン兄弟も、彼のヴォーカルを高く評価していた。

「踊らん哉」(1937年)のブルーレイは、アイ・ヴィー・シーよりリリース。

「踊らん哉」(1937年)のブルーレイは、アイ・ヴィー・シーよりリリース。


 

 ジョージの死後に製作された伝記映画が「アメリカ交響楽」(1947年)で、その短い生涯を比較的忠実に描いている。特筆すべきは、アル・ジョルスンやピアニストのオスカー・レヴァントら、彼の人生に大きく関わった、当時御存命の関係者が出演している事。彼らの歌や演奏が、作品に厚みを加えている。映画中盤とラストで演奏される、壮大な「ラプソディ・イン・ブルー」は美しい事この上なし。DVDはワンコインの廉価版で入手可能だ。

「アメリカ交響楽」(1947年)の予告編より、ピアニストのオスカー・レヴァント。彼は、続いて紹介する「巴里のアメリカ人」(1951年)にも出演している。

「アメリカ交響楽」(1947年)の予告編より、ピアニストのオスカー・レヴァント。彼は、続いて紹介する「巴里のアメリカ人」(1951年)にも出演している。


 

 都会の喧騒と孤独を活写した、この傑作シンフォニーを効果的に使った映画が、ジャズ通で知られるウディ・アレン監督&主演の「マンハッタン」(1979年)だ。この曲のみならず、全編に流れるのがガーシュウィン・ナンバー。ズービン・メータ指揮による、ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏が抜群だ(サントラ盤は、ソニーミュージックよりリリース)。

特典満載のブルーレイ版「巴里のアメリカ人」。ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース。

特典満載のブルーレイ版「巴里のアメリカ人」。ワーナー・ホーム・ビデオよりリリース。

 

■ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ

 ガーシュウィン兄弟の既成曲で構成されたミュージカル映画では、「巴里のアメリカ人」(1951年)が必見。映画ラストで、ジョージが1928年に発表した交響曲〈パリのアメリカ人〉に乗せて、主演のジーン・ケリーとレスリー・キャロンが展開するモダン・バレエが圧巻だ。ルノワールやロートレックの絵画をモチーフにした、極彩色のセットと衣装に目を奪われる。そして、セーヌ河畔でケリーが歌い、キャロンとロマンチックに踊るナンバーが〈わが恋はここに〉。実はこれが、兄弟が共作した最後の楽曲となった。再びファインスタインの証言。

「元々あの曲は、『ゴールドウィン・フォリーズ』(1938年)という映画のために書かれたんだ。ところがジョージは、譜面を仕上げる前に、脳腫瘍で突然亡くなってしまった。ただジョージがそのメロディーを弾くのを、友人のオスカー・レヴァントが憶えていてね。彼の記憶を頼りに完成させ、その後アイラが詞を付けた。彼は、私的な感情を歌詞で表す事はなかったけれど、あの歌だけは例外だよ。『たとえ山脈や海峡が崩れ落ちようとも、僕たちの愛はこのまま。永遠に変わりはしない』というフレーズには、ジョージへの敬愛の情が溢れているんだ」

 次回VOL.8も、引き続きガーシュウィンだ。文中でも触れた、黒人キャストのフォーク・オペラ『ポーギーとベス』を取り上げよう。

「巴里のアメリカ人」の一場面。ジーン・ケリー(右)とレスリー・キャロン

「巴里のアメリカ人」の一場面。ジーン・ケリー(右)とレスリー・キャロン

 

文=中島薫

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